音楽のように

ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その17

サミュエル・バーバー

チェロ・ソナタ 作品6 と 歌曲「この輝ける夜に」Sure on This Shining Night

アメリカの良心 サミュエル・バーバー

 サミュエル・バーバーSamuel Barber 1910-81)は、アメリカ合衆国を代表する作曲家の一人です。アメリカの作曲家のなかで、私が最も好きな作曲家で、アメリカの素晴らしいところが詰まった、アメリカの良心ともいえる人物だと考えています。

 彼の作品の中でもっとも聴かれ、誰しも一度は耳にしたことがあるであろう音楽としては「弦楽のためのアダージョ」があります。これは弦楽四重奏曲の緩徐楽章を弦楽合奏にアレンジしたものですが、もの悲しく美しいその音楽は、たびたび映画に用いられ、またアメリカでは葬儀の際にもよく使われるとききます。

 バーバーの生きた時代は、まさに苦難の時代でした。第一次世界大戦や、大恐慌第二次世界大戦と、アメリカは世界規模の難題に見舞われ、彼はロストジェネレーション、もしくはその次代の世代に当たります。当時、アメリカ・クラシック音楽界は、少々、浮ついた、お祭り騒ぎのような様相を呈していました。クラシック音楽が大衆文化と接近し、消費社会へと回収されていくのを肌で感じ取ったバーバーは、表立って批判はしなかったものの、危機感をいだいていました。時代の流れに真面目に対峙して、地に足の着いた姿勢を保っていたのが、アメリカの良心、バーバーだったのです。

 20世紀のはじめと言えば、もう現代音楽が台頭してきていましたが、バーバーはどちらか言うと、調性をたもった、保守的な、ロマンテックな音楽を多く作曲しています。

 カーティス音楽院では、ピアノと声楽を学びます。優秀な成績を修め、イタリア留学も果たしました。ピアノの腕は一流、バリトン歌手としても優れ、素晴らしい歌唱を一部、録音で聴くことができます。

 ピアノソナタや、私の大好きな「遠足」のようなピアノ曲、「ノックスヴィル-1915年夏」のような声楽曲以外にも、交響曲管弦楽曲室内楽曲、ピアノ協奏曲、ヴァイオン協奏曲、チェロ協奏曲、合唱曲さらにはオペラまで、ほぼすべての分野で、多くの傑作を残しました。

 今回は、私がとりわけ気に入っているチェロ・ソナタ作品6と、声楽曲の一つ「この輝ける夜に」をご紹介したいと思います。

チェロ・ソナタ 作品6

 学生時代に作曲されたこの美しいチェロ・ソナタは、初期作品のなかにバーバーの良さが凝集されたように思われる、見事な作品です。

 第一楽章は、やや複雑な調性で始まります。少し難しい曲なのだろうかと思うと、とても美しいチェロの主題が表れ、その落差にまず心を奪われ、その後もドラマテックに曲が進んでいくのです。第二楽章は、4分にも満たない短い楽章です。はじめからこの上なくやさしいメロディーで導入されますが、中間部は跳ねるようなリズミカルな展開となります。やさしいメロディーが戻ってきて静かに楽章を終えます。第三楽章はまた極上です。この曲はチェロソナタの傑作の例にもれず、ピアノとチェロの掛け合いが素晴らしいのですが、この第三楽章は格別です。情熱的で、素晴らしい、立派な終楽章です。

 チェロ・ソナタは、調性などの面で、ほんの少しだけ伝統的な音楽を離れている部分がありつつも、ロマンテックで、抒情にあふれ、なにより美しいというバーバーのエッセンスの詰まった、バーバーを堪能できる、お薦めの作品なのです。

Sure on This Shining Night「この輝ける夜に」作品13-3

 アメリカの作家、脚本家、詩人、ジャーナリスト、批評家だったジェームズ・エイジーJames Rufus Agee1909-1955)の処女詩集Permit Me Voyage(『我に航海を許したまえ』)のなかの、 Sure on This Shining Night(「この輝ける夜に」)という詩をバーバーが歌曲にしたものです。透明な夜空のイメージ、そして「浄化」という言葉が浮かんできます。やさしく、この上なく美しい歌曲だと思います。就寝前には詩集を手にし、文学作品から着想を得ることも多かったバーバー、その造詣の深さがうかがえます。以下、歌詞と、私の拙訳、大意を、参考までに記載しておきます。

 

歌詞(原文)

Sure on this shining night
Of starmade shadow round

Kindness must watch for me
This side the ground.

The late year lies down the north.
All is healed
all is health.
High summer holds the earth.
Hearts all whole.

Sure on this shining night
I weep for wonder
Wandring far alone
Of shadows on the stars.

 

歌詞(和訳)

星影が一斉に降りる

この輝ける夜にきっと、

優しさが私を待っている

この星のこちら側で

 

過ぎ去りし日々は、北へと影をのばし

すべてが癒され、満たされる

盛夏がこの地を抱擁する

心もすべて

 

この輝ける夜にきっと

私は奇跡を前に泣くだろう

独り遠く彷徨いながら

星々の落とす影の下で

 

大意

星影は、つまり光であり、

光が全てを満たしてゆく。

やさしさが全てを癒し、

心もつつみこんでゆく。

この奇跡の光景を目の前にして、

私は心を震わせるのだ。

 

 

お薦めの演奏

チェロ・ソナタ 作品6

①レナード・ローズLeonard Rose (チェロ) ミッチェル・アンドリューMitchell Andrews(ピアノ)盤 1953 VAI AUDIO

 私にとって、アメリカのチェリストと言えば、まず、レナード・ローズ(1918-84)です。極めて硬派ですが、とても優しい音色とニュアンスをもっています。それでいて芯のしっかりした、極上のチェロです。バーバーのチェロ・ソナタの演奏は、等身大のアメリカとでも言えばいいのでしょうか、作曲家バーバーと時代を共有した、そのリアリティーが感じられるのです。次にあげるピアテゴルスキーは、技術においても表現においても、また気持ちにおいても最高の演奏ですが、ローズの演奏は、どうしても忘れられない、第一番目のお薦めとして挙げざるをえない演奏だと思われるのです。ローズがアメリカの演奏家としては破格の扱いをヨーロッパで受けたのも頷ける気がします。本当に、是非、一度、耳にしていただきたいです。私の愛聴盤の一つです。入手困難なCDで、かつ、モノラルの録音状態も良いとは言えません。けれども、そんな録音にもかかわらず、演奏の素晴らしさが十分に伝わってくる、珠玉の名盤です。

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ローズ ミッチェル盤

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ローズ ミッチェル盤

②グラゴール・ピアティゴルスキーGregor Piatigorsky(チェロ)ラルフ・バーコヴィッツRalph Berkowitz(ピアノ)盤 1956 RCA

 流石はピアティゴルスキー(1903-76)、極めて優れた演奏です。スケールはローズのものよりも一回り大きいです。おそらく、どなたが聴いても納得の、まさしく王道の演奏でしょう。伴奏のピアニスト、ラルフ・バーコヴィッツ1910-2011)は、作曲者バーバーの危機に際し、援助をした、作曲者ゆかりの名ピアニストです。つまり、ただ世界レベルで模範的であると表現するのは適切ではない、作曲者への理解は十分な演奏だと言えるのではないでしょうか。ローズとあわせて聴いていただきたい名演奏です。

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ピアティゴルスキー ラルフ盤

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ピアティゴルスキー ラルフ盤

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ピアティゴルスキーBOX

「この輝ける夜に」

シェリル・スチューダーCheryl Studer(ソプラノ)ジョン・ブラウニングJohn Browning(ピアノ)盤 1992 Deutsch Grammophon

 アメリカを代表する二人による演奏。スチューダー(1955-)の美しく透明な歌声が、ブラウニング(1933-2003)の涼やかなピアノに乗って、響きわたります。とても静かな、この世ともあの世ともわからなくなるような、澄み渡った世界に、つい聴き惚れてしまう、そんな演奏です。

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スチューダー ブラウニング盤

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スチューダー ブラウニング盤

まとめ

 バーバーの曲には、とても美しく、一度聴くと、なかなか忘れれないものが多くあります。例えば、ピアノ協奏曲の第二楽章(ブラウニングのピアノとセルの指揮で素晴らしい演奏があります)や、ヴァイオリン協奏曲の第二楽章(アーロン・ロザンドのヴァイオリンで録音が実現していれば!)など。チェロ協奏曲も美しいです(ネルソヴァの素敵な演奏があります)これらの曲は、どちらか言うと、もの悲しく美しい、弦楽のためのアダージョのイメージと、そうかけ離れたものではないでしょう。

 一方、バーバーはとても楽しい曲を作曲しています。それは、私が大好きな「遠足」というピアノ曲です。たくさんの名演のある優れた曲ですが、私がとりわけ好きなのは、ピアニストとして別格の存在感をほこるフィルクスニーの演奏と、アメリカのピアニスト、ジョン・ブラウニングの、等身大ともいえる演奏です。勝手な想像かもしれませんが、特に、ブラウニングの演奏では、まるで小学校のこどもたちが、遠足で、ちょこちょこと列をなして歩いているような、そんな映像が目に浮かぶのです。

 けれども、「遠足」の緩徐楽章では、やはり、もの悲しいような雰囲気が感じられます。バーバーの曲に共通しているのは、根本的に、真面目な優しい眼差しなのでしょう。時代に流されることなく、しかし深い共感をもって、苦難の時代を眼差した作曲家、それがバーバーなのです。

 

クラシック音楽と私 その2

『トニオ・クレーゲル』と私

 青春時代に私を虜にした楽器はチェロでした。チェロは今までの私の人生をかたちづくる、大きなひとつの要素です。多感なこのころに、私が迷い込んでしまったものが、もう一つありました。それが、ドイツの作家、トーマス・マンの小説『トニオ・クレーゲル』です。この作品は、私にとってのバイブルのような存在です。今まで、幾度となく、人生の転機には、私を慰め、危機から救ってくれたのです。

 さて、なぜ、今回、このような小説を題材として取り上げたのかというと、それはこの作品が、音楽そのものだからです。ソナタ形式で書かれているとか、そういった研究も存在します。私も、持論をもっており、『トニオ・クレーゲル』は一種の主題と変奏で説明ができると考えています。ですが、そのことは、また後の話題としてとっておきたいと思います。

 『トニオ・クレーゲル』と私の出会いは、高校の図書館でのことでした。図書館の書架で偶然見つけた…のではありません。1年生だった私たちに、図書館を利用するためのオリエンテーションが行われ、そこで司書の先生が、この『トニオ・クレーゲル』を、ところどころかいつまんで朗読してくださったのです。灰色の髪をした年配の司書の先生の朗読はどこか夢見がちな口調ですすみました。もちろん、作品の音楽的な構造にまで立ちいったものではありません。主人公の性格や、作品のアウトラインを描いて見せるようなものでした。けれども、それでも、私のうけた衝撃は、今まで読んだどの物語よりも大きかったのです。

 主人公のトニオは、庭の噴水、クルミの老樹、ヴァイオリン、バルチック海などを愛する少年です。それらの言葉は、たびたび、彼の詩の中に登場しました。彼にとって海は泳ぐところというよりは眺めるものでした。彼には意中の少女がいます。活発な金髪碧眼のインゲは、彼とは最も遠い存在です。彼女を想い、日おおいのおりた窓の前にたたずみます。そんな彼の半生が、わずか百数ページで描かれます。

 私は、わざわざ校外の図書館に『トニオ・クレーゲル』を求めました。司書の先生が朗読してくださったものよりも、古い翻訳でしたが、探し出し、読みました。その後、お気に入りの翻訳を見つけて、それをむさぼるように読みました。

「最も多く愛する者は敗者である、そして苦しまねばならぬ」

「それでも彼は幸福だった。なぜなら幸福とは、と彼は自分に言ってきかせた。愛されることではない。愛されるとは嫌悪をまじえた虚栄心の満足にすぎぬ。幸福とは愛することであり、また、時たま愛の対象へ少しばかりおぼつかなくも近づいていく機会をとらえることである。」

 今となっては、少々、ひねくれて見えるこれらの人生の教訓を、文字通り味わい尽くした私は、このような影響力のある本を私に教えた司書の先生を内心、恨んだこともあったのです。

 けれど、今、私は司書の先生に心の底から感謝しています。『トニオ・クレーゲル』は、私に、文学の音楽性とは何かを、つまり、文学と音楽のつながりを、知らず知らずのうちに教えてくれていたからです。主題とは何か、リズムとは何か。「すべての芸術は音楽に憧れる」ということを理解することができたのです。後になって、大学生の時、『トニオ・クレーゲル』が音楽的な構成をもつことを、はっきり知ることになるのですが、私には、そのことを受け入れる準備が既に十分にできていたということだと思っています。

 

『トニオ・クレーゲル』は、その結びを、友人の女性画家リザヴェータへの手紙でしめくくります。

 

「遠い楽園におられるリザヴェータさん、……(中略)……リザヴェータさん、どうぞこの愛情を叱らないでください。それは善良な、実り豊かな愛情なのです。そこには憧れと、憂鬱な羨望と、それから少しばかりの軽蔑とあふれるばかりの清らかな幸福感とがあるのです。」

 

……Schelten Sie diese Libe nicht, Lisaweta; sie ist gut und furchtbar. Sehnsucht ist darin und schwermütiger Neid und ein klein wenig Verachtung und eine ganze keusche Seligkeit.

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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『トニオ・クレーゲル』

※お薦めの訳は、高橋義孝さんの訳です。新潮文庫から。古い訳ですが、最も詩的な、味わい深い訳だと感じています。

 

 

クラシック音楽と私 その1

チェロと私

 私がクラシック音楽を意識的に聴くようになったのは、中学生くらいの頃からです。声楽を志していたことのある母や、フォークソングが好きで、よくギターの弾き語りをしていた父、私と同じように音楽が好きな弟、そんな家族に囲まれて、自然と音楽が好きになりました。バッハ、ベートーヴェンショパンなど、自然と耳になじんでいました。

 こどものころに実際に楽器に触れた機会はそれほど多くはありませんでした。小学生の頃に、2年間だけ、ブラスバンドに所属してチューバをふかせていただきました。周りは女子ばかりで、この時に、少々、女子が苦手になりました。けれど、この時の体験は、今、考えると貴重です。その後は、高校で芸術科目の音楽を選択してギターに触れた程度でした。その他は、中学、高校時代を通して陸上部に所属していたので、本格的に音楽を勉強したことはありませんでした。

 中学、高校時代という、人生で一回きりの大切な時期には、もちろん、いろいろなことがあり、そんな多感な青春時代に、私を虜にした楽器がありました。それが、チェロです。

 チェロを手にして、実際に弾いていたわけではありません。ただ、ステレオで聴いて、憧れていました。優しく、柔らかく、時に甘く、時に深い、その音色。そして人の声のような温かみ。もともと低音楽器が好きだった私は、サン・サーンスの『白鳥』や、ブラームス弦楽六重奏曲にはまってしまったのです。

 どういう経緯でチェロを好きなったのでしょうか。一つには、偶然、耳にしたパブロ・カザルスの『鳥の歌』の存在があります。言わずと知れたスペインのチェロの巨匠が、カタルーニャ民謡を編曲した、素敵な曲です。中学生ということもあり、私は、平和や正義といったものに、強い憧れをいだいていました。当時、私が好んだ本も、ロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』や、ドストエフスキーの『白痴』といったものでした。性格はとてもかたく、融通がきかなかったので、当時の友達は、私に相当、手を焼いたようです。優しい友達に感謝しなくてはなりませんが、当時の彼らが、今の私を見たら、なんて軟派になったのだろうと驚くかもしれません。

 年をとるにつれて、あまり大げさでない演奏を好むようになりました。ですが、基本的な好みは、当時と変わらないところがあり、むしろ、チェロという楽器が、今の私の作曲家の好みを決定づけているのではないだろうかと思っています。

 私にとって、ブラームスショパンは特別な存在です。 

 この二人の作曲家は、チェロの扱いがとても上手な作曲家だと思います。ブラームスはチェロ協奏曲をこそかきませんでしたが、ドボルザークの有名なチェロ協奏曲はブラームスの二重協奏曲なしには存在しえなかったでしょう。また、ピアノ協奏曲第2番の緩徐楽章のチェロのメロディーは、いかなるチェロ協奏曲のものにも劣らぬ美しさをたたえています。

 ショパンが生涯に作曲したのは、そのほとんどがピアノ曲ですが、チェロを気に入っていた彼は、チェロの曲は少しばかり作曲しています。その中でも、チェロ・ソナタは忘れられない曲です。私がもし、チェロを弾けたとしたら、もしくは手にすることができて、最終目標にするとしたら、このショパンのチェロ・ソナタを選ぶでしょう。

 

 いずれ、私が愛してやまない、12人のチェリストについて、記事にしたいと思います。最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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チェリスト

 

私の好きなクラシック音楽 その16

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調 作品16

北欧音楽の偉大なる父 グリーグ

 エドワルド・グリーグEdvard Grieg(1843-1907)は、北欧、ノルウェーを代表する、国民楽派の作曲家です。ピアノが得意であった彼は、ピアニストとしても活躍しました。彼の母親は、モーツアルトウェーバーショパンを得意としたピアノの名手でもあり、彼女の影響も大きなものがあったと思われます。

 グリーグの生きた時代、ノルウェーは事実上、スウェーデン支配下にあり、ノルウェーが正式に独立するのはグリーグの晩年のことです。そういう意味では、グリーグノルウェーのみならぬ、北欧を代表する作曲家であると言えるでしょう。

 彼の代表作には、生涯にわたって書き続けられた、ピアノの小曲集である『抒情小曲集』(第1集~10集)や、ピアノ協奏曲イ短調、詩人ヘンリク・イプセンの依頼による詩劇『ペール・ギュント』、ノルウェー人でグリーグの同郷の偉大な作家「デンマーク文学の父」と呼ばれたホルベアの生誕200周年の記念祭に寄せた組曲『ホルベアの時代』、3曲のヴァイオリン・ソナタ、『君を愛す』や『春』などの数々の歌曲など、今日でもよく知られた素晴らしい作品が並びます。

 1843年、ノルウェーのベルゲンで生まれたグリーグがピアノの手ほどきを受けたのは5歳のことです。初めは母による指導でした。15歳でライプツィヒ音楽院に進み、卒業後、故郷でピアニストとして本格的にデビューを飾りました。作曲家としては、27歳の時に、イタリアにてリストの賞賛と激励を受けることになります。これは、今回とりあげるピアノ協奏曲イ短調などの作品をリストが高く評価してのことでした。ワーグナーの音楽に触れ、ブラームスと親交を深め、グリーグは音楽界で確実な地位を築いていきます。1885年からは、ベルゲン近郊のトロルハウゲンに終の棲家を構え、自然に囲まれたこの素敵な家で創作活動にはげみました。生涯、作曲と演奏活動をつづけた彼は、活動のさなか、1907年、ベルゲンにて64歳の生涯を終えました。

ピアノ協奏曲イ短調 作品16

 ピアノ協奏曲イ短調は、作品16という、とても若い作品番号がついています。実際、作曲されたのはグリーグ25歳のときです。今、このピアノ協奏曲の演奏を聴くと、若書きの作品としてはとても完成度が高いことに驚くと思います。しかし、これには訳があり、グリーグはこの作品を生涯にわたり、改訂し続けたのです。死の直前まで、400ケ所にもわたる改訂が行われました。

 初稿との違いは明らかです。まず、全体的に、余計なものがそぎ落とされて、洗練されていったことが分かります。一方で、書き加えられたところもあります。すぐにわかる大きな変化では、初稿では第一楽章の第二主題がトランペットで提示されます。そして第二楽章のホルンが初稿とは違います。※1

 もちろん、初稿の時点でも、きわめてすぐれた作品に仕上がっています。色彩豊かで、ロシア国民楽派を思わせます。どちらか言うと、初稿の方が最終稿をアレンジしたもののように聴こえるのは、それほど最終稿が優れているからだと思います。グリーグの他にも、改訂を好んだ作曲家はたくさんいますが、グリーグほど改訂の成功した例はないのではないでしょうか。まさに、このピアノ協奏曲イ短調は、グリーグの生涯をかけた作品であると言えるのではないかと思います。

 第一楽章はティンパニに続いてすぐにピアノ独奏が表れるドラマテックな始まり方をします。曲全体がとても美しい旋律にあふれていますが、第二楽章の主題はとりわけ甘美です。やわらかな弦に、粒立ちの良い、固く、しかし繊細なピアノが美しいです。第三楽章は極めて華麗で、クライマックスとしてとても優れたものです。結びは、初稿と最終稿との違いが大きく、初稿はまるでブルックナーのような響きで終わります。おそらくワーグナーの影響だろうと、作曲時点での影響関係がうかがわれ、とても興味深いです。

お薦めの演奏

エヴァ・クナルダールEva Knardahl(ピアノ)テリエ・ミケルセン指揮 リトアニア国立交響楽団 盤 1993 SIMAX

 ノルウェーの誇る名女流ピアニスト、エヴァ・クナルダール(1927-2006)による演奏。クナルダールはグリーグをたくさん演奏していますが、お国ものでもあり、とても素敵な演奏をします。演奏に当たって必要な緊張感があるというか、人柄の現れるような、北欧ならではの温かみのある演奏ですが、けっしてなよなよとしたものではありません。このSIMAXの音源は、三種類あるうちの3つ目の演奏です。オーケストラは若々しく、聴いていて、とても心地の良い、本場の演奏だと思います。

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クナルダール ミケルセン 盤

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クナルダール ミケルセン 盤

②ヤン・パネンカJan Panenka(ピアノ)ヴァーツラフ・ノイマン指揮 プラハ交響楽団 盤 1957 SUPRAPHON

 パネンカ(1922-99)はチェコを代表するピアニストの一人です。チェコには、マキシアーンなどの次の世代になりますが、パネンカ、パーレニチェク、フィルクスニーという3人の偉大なピアニストがいました。この3人のピアニストの面白いところは、それぞれ、ロシアのニコラ―エフ、フランスのコルトー、ドイツのシュナーベルという、各国を代表するピアノ教師に師事していたところです。この3人の演奏を聴くと、それぞれの長所がよくわかり、興味深いものがあります。

 パネンカはその中でも、とてもユニークな存在です。小学校の教師からピアニストになったという異色の経歴を持ちます。タッチが硬質で粒立ちよく、清潔で、まるで野に咲く白い、あるいは薄ピンクの花を思わせる可憐なピアノです。グリーグにもぴったりのキャラクターです。カーゾンやカッチェンにもひけをとらない、正攻法の素晴らしい名演です。

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パネンカ ノイマン 盤

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パネンカ ノイマン 盤

③ユーリ・ムラヴィヨフYuri Mouravlev(ピアノ)カール・エリアスブルク指揮 ロシア国立交響楽団 盤 1950 RCD

 グリーグはロシアにて、非常に人気がありました。チャイコフスキーも賞賛していますし、またピアニスト、アントン・ルビンシュテインはこのピアノ協奏曲を高く評価していました。ムラヴィヨフ(1927-?)は、ロシア・ピアニズムを代表するピアニストの一人です。ゲンリヒ・ネイガウスの弟子であり、レパートリーはベートーヴェンモーツアルトの古典から、シューマン、リスト、ショパングリーグといったロマン派、あるいは同時代の作品にまで及びました。しかし、ロシアで「ピアノの詩人」の異名をもつ彼の本領があらわれるのは、やはりグリーグなどのロマン派の作品においてでしょう。このグリーグのピアノ協奏曲も、出色の演奏です。少しほの暗く、張り詰めたところがあります。また、ムラヴィヨフに関しては、グリーグの『ホルベアの時代』についても特記しておきたいと思います。原典であるピアノ版の組曲ですが、とても素晴らしいので、是非、一度聴いてみていただきたいです。

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ムラヴィヨフ エリアスブルク 盤

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ムラヴィヨフ エリアスブルク 盤

④ロべ・デルビンエルLove Derwinger(ピアノ)広上淳一指揮 ノールショピン交響楽団 盤 1993 BIS

 グリーグのピアノ協奏曲イ短調の初稿(1868/72)の演奏です。最終稿との比較がとても面白かったです。ただ、欲を言えば、この同じ顔触れでの最終稿の演奏もレコーディングしておいてほしかったです。

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デルビンエル 広上 盤

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デルビンエル 広上 盤

まとめ

 グリーグは、ちいさなカエルの小物や、ぬいぐるみなど、ちいさくて可愛いものを好んだといいます。今回とりあげたピアノ協奏曲はとても規模の大きな大作ですが、グリーグは小さな曲の中に、独自の世界を表すのが得意な作曲家でした。『抒情小曲集』や歌曲の数々はその最たるものです。そして、グリーグは、北欧の、彼に続く作曲家へ、とても大きな影響を及ぼした作曲家でもありました。以前、当ブログでとりあげたベリエルのミニチュアリスト的な性格も、グリーグの存在なしにはあり得なかったことでしょう。

 ちいさなものへの愛。それは、ささやかなもの、ちいさな部分を大切にする姿勢にもつながり得ます。今やクラシック音楽を代表する曲の一つである偉大なピアノ協奏曲イ短調は、グリーグの繊細な感性で、細部までリファインされた、たぐいまれなる名曲です。祖国のフィヨルドや、野に咲く小さな花々が、グリーグの人生とともにこの曲を育てました。大自然への畏怖と、春のめぐみへの憧憬と、そしてちいさきものへの愛、それらが入り混じったような感情が、この曲を聴くと湧き上がってくるのです。

 

※1訂正とお詫び

本文、ピアノ協奏曲イ短調作品16の解説の部分で、初稿に無いと書きました、第三楽章第436小節目のピアノの駆け上がりですが、実際には、有りました。この個所について削除いたします。不注意で事実と異なる記述をしましたこと、ここにお詫び申し上げます。2020.6.27

 

私の好きなクラシック音楽 その15

ウェーバー ピアノ・ソナタ4ホ短調 作品70

早逝の天才作曲家ウェーバー

 カール・マリア・フリードリヒ・エルンスト・フォン・ウェーバーCarl Maria Friedrich Ernst von Weber1786-1826)はドイツの大作曲家の一人です。オペラ『魔弾の射手』で有名な作曲家ですが、その才能にかかわらず、やや過小評価されている印象があります。特定の曲以外、演奏される機会がとても少ないのです。『魔弾の射手』序曲と他数曲以外に、なにかイメージをもたれている方は少ないのではないでしょうか。ピアニストでもあったウェーバーは美しいピアノ協奏曲曲や、ピアノ・ソナタ4曲残したほか、2曲の交響曲、多数のオペラなども作曲した重要な作曲家です。指揮者としては、初めて指揮棒を用いたひとでもありました。

 ウェーバーの生きた時代、1786年から1826年というのは、フランス革命の前夜から、ウィーン体制のさなかにあたります。ベートーヴェン1770年生まれで1827年に亡くなっていますから、ベートーヴェン16歳年下、その死の一年前に亡くなっている、つまりその生涯はベートーヴェンの生きた時代にすっぽりと収まっていることになります。ウェーバーの生涯は39年の短いものでした。結核を患っていたのです。

 その作風は独特で歌に満ち、初期の古典的作風から、ロマン派的な作風に移ってゆき、後のワーグナーへ大きな影響を与えました。シューマンブラームスとはまた違う、もうひとつの大きな流れをつくった作曲家だったのです。彼の曲に多く見られるワーグナー的な要素が、ある意味、ウェーバーに原石的な魅力を感じさせます。

 最晩年には、家族を養うため、結核をおして、ロンドンへ移ります。「私はロンドンへ死にに行くのだ」と語ったと言います。ウェーバーの曲を聴いていると、このような才能あふれる作曲家が早く亡くなってしまったことが残念でなりません。

ピアノ・ソナタ4ホ短調 作品70

 今回、とりあげるピアノ・ソナタ4ホ短調は、ウェーバーの作品の中でも後期の作品です。初期作品ではモーツアルト的ともいえそうな、古典派の性格が色濃い作品を作曲したウェーバーですが、ピアノ・ソナタ4番では、ロマン派的な色合いが強く感じられます。ベートーヴェンの後期のソナタと比べても、ひけをとらない大傑作だと私は思っています。

 作品の特徴は、何といってもそのメロディーの美しさです。そして清潔さをあげることができます。リストやワーグナーへの影響の大きさが分かりますが、ワーグナーのようなおどろおどろしさがなく、リストよりも更に清潔感があります。早逝の作曲家らしく、才能を処世術とすり替えなかった、純粋さを持ち合わせているようです。

 4楽章からなるこの曲は、基本的には緩急緩急の構成をもっていますが、それはかなり自由です。とても美しい緩やかなメロディーと、得意のアレグロが、まるで上品で色彩豊かな反物のようにこの曲を織り上げていきます。第一楽章の激しさの中に見られるロマンチックなメロディーや、第三楽章の可愛らしさを感じる冒頭からのメロディーと後半のドラマチックな盛り上がり。ウェーバーがいかに個性的で、才能豊かな作曲家であったかは、この曲を聴けばすぐにわかると思います。彼特有の歌のもつニュアンスに、ずっと聴き惚れてしまいます。

お薦めの演奏

レオン・フライシャーLeon Fleisher(ピアノ)盤 1959 PHILIPS

 アメリカ合衆国のピアニスト、フライシャー(1928-)はドイツの名教師、アルチュール・シュナーベルの門下です。フランスのコルトー、ロシアの4大教師に並ぶ、影響力の大きなピアノ教師と言えば、ドイツのシュナーベルだと思います。彼の門下には、他にカーゾン、フィルクスニー、ライグラフなどがいますが、フライシャーを含めて、レパートリーや演奏法に、先生の影響がすなおに表れているところがシュナーベル門下の特徴だと思います。つまり、非常に自然で、誇張の少ない、玄人の好みそうな演奏なのです。

 このフライシャーの演奏は、とても禁欲的で自然です。変わったことはしていないのに、詩情と歌にあふれています。ベートーヴェンを得意としたピアニストですが、この曲に対しても、ベートーヴェン的なアプローチをしているように思います。きっとフライシャーの愛奏曲だったのではないでしょうか。他にあまり演奏がないような曲であることが不思議ですが、フライシャー盤があれば十分だと思わせる演奏です。今回のお薦めは、この一枚です。

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フライシャー盤

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フライシャー盤

リヒテルのピアノ・ソナタ3ニ短調 作品49

 ロシアの大ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルウェーバーのピアノ・ソナタ3番を愛奏曲としていました。ロシアの4大教師の一人、ゲンリヒ・ネイガウスの弟子ですが、とても個性的な演奏をするピアニストです。ドイツものも得意とし、このウェーバーの第3番には、シューベルト的なアプローチをしているように感じます。この第3ピアノ・ソナタの演奏も素晴らしいので、記しておこうと思います。

まとめ

 39歳という若さで亡くなった、才能あふれる作曲家、ウェーバー。その作品には早逝の人ならではの純粋さを感じとることができます。39歳で亡くなったといえば、もう一人、ショパンが挙げられます。ショパン結核がもとで亡くなりました。この二人の作曲家、とても個性的であるところが似ていると思います。

 個性的であるということはとても大事なことです。古典派の時代にあって、モーツアルトともベートーヴェンとも異なる作風で作品をつくり、その魅力や完成度では、彼らに全く劣らないウェーバー音楽史でも重要な作曲家として挙げられるにもかかわらず、一部の曲しかとりあげられないことが多く、残念です。実は、私も、長らくその魅力に気がつきませんでした。もし、一度、試してみようと思われる方がいらっしゃいましたら、初めの一歩に、フライシャーのピアノ・ソナタ4番をお薦めします。目から鱗、きっとウェーバーの魅力を再確認することができると思います。

 

私とオーディオ その4

お薦めブックシェルフ・スピーカー3

 今回は趣向を変えて、お薦めできるブックシェルフ型スピーカーを3台、ご紹介しようかと思います。皆さまがオーディオ機器を購入される際の参考に、少しでもなりましたら幸いです。なお、このレビューは私の主観に基づくものであることをご了承ください。最終的な選択は皆さま自身のご判断でお願いいたします。

 さて、今回、ご紹介しますのは、現行品で、新品でも手に入る、ブックシェルフ型のスピーカーです。ブックシェルフ型というのは、「本棚にも置けるような」比較的小型のスピーカーのことです。日本の家屋事情を考えると、小型の方がスペースファクターが良いだろうと思いました。今回ご紹介するのは2ウェイで、ウーファー口径が11.5センチから14センチのものです。一般的に、口径が大きいほど、低音がよく出るということになります。3つ全てパッシブ型ですので、鳴らすには最低、オーディオ・アンプが別途必要になります。

 それでは、お薦めのスピーカーを紹介いたします。

 ①Vienna Acoustics Haydn jubilee

 ウィーン・アコースティクスオーストリアのスピーカー専業メーカーです。音楽の都、ウィーンのメーカーらしく、その製品には、ベートーヴェンモーツアルトハイドンなどの名が冠されています。このHaydn jubileeハイドンジュビリー)はウィーン・アコースティクス創立30周年を記念してつくられた限定モデルです。メーカーによると、製造費など以外、利益分は価格に乗せていないとのことです。実際、レギュラーモデルである、Haydn Grand Symphony Editionよりもかなり安く価格設定されています。ですが、スパイダーコーンや、ツイーターのすぐ後ろにフロント・バスレフポートが設けられている構造など、特徴的な技術が採用されておらず、やや簡素な造りとなっています。しかし、このシンプルな構造が、かえってこのスピーカーの長所となっていると思うのです。

 1990年代半ばに、BWから戦略的モデル、CDM1が発売され、大ヒットしましたが、その時に、ウィーン・アコースティクスS-1というブックシェルフ型スピーカーを発売し、その牙城の一角を崩しました。とても甘くバランスの良い音質に、多くのファンを獲得した、名機でした。このS-1と、Haydn jubileeを比べると、その外見がとても似ていることに気づくと思います。S-1はローズウッドの突板仕上げで、Haydn jubileeはピアノ・ブラック仕上げという違いはありますが、大きさやデザイン、ウーファーの口径(14㎝)、製造メーカーは違いますがシルクドームのツイーター、V字のエンブレムなど、とても良く似ているのです。Haydn jubileeS-1の現代の復刻版と言えるのではないでしょうか。当時のS-1の音をはっきりとは覚えていませんが、Haydn jubileeはとても甘い音がします。そして、質が非常に高いです。箱がいいのか、響きがとても美しく、また低音がよく出ます。私は、レギュラーモデルよりも、このHaydn jubileeをお薦めします。個性的な唯一無二の素晴らしいスピーカーです。オーストリア製で仕上げもとても綺麗で、ものとしても美しいです。上流のアンプやプレーヤーはYAMAHAがよく合うと思います、組み合わせると、とても自然に音楽を奏でます。

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Haydn jubilee
QUAD S-2

 現在は中華系資本になりましたが、イギリスの名門、クオードから、S-2というモデルをご紹介します。S-212.5センチの、ケブラーコーンのウーファーが低音を受け持ちます。そして、特徴的なのが、ツイーターです。こちらは、一般的なドームタイプ(ピンポン玉を半分に割ったような形)ではなく、平面型のリボンツイーターが採用されています。このツイーターがよくて、非常に繊細で、美しい高音を聴くことができます。クラシックは陰影がよく表現され、独特の雰囲気がありますが、とてもイギリス的な感じがします。ポップス系も上々で、ヴォーカルの息遣いがきちんと聴こえます。こちらは中国製ですが、仕上げも美しく、ヨーロッパ製のスピーカーに何らそん色はありません。上流はパイオニアが相性がいいと思います。クラシックだけでなく、ポップス系も聴く方にも、パイオニアはよい選択肢だと思います。

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S-2
DALI MENUET

 デンマークのスピーカー専業メーカー、ダリの小型スピーカー。大ヒットシリーズの4代目のモデルです。デンマーク製の非常に美しい仕上げのスピーカーで、ウーファーの口径は11.5センチです。メーカーは鳴らしやすさにも配慮していて、実際、良い音で鳴らしやすいから、これほどヒットしているのだと思います。実は、メヌエットは初代から改良を重ねるにつれて、個性が薄れてきて、万能型になってきた感があります。ロイヤル・メヌエット2で聴いた女性ボーカルはとてもよかった記憶があります。得手不得手のある、ある意味、とんがったスピーカーでした。ですが、現行のモデルでも、その音質自体は高水準で、どんな音楽でもそれなりにこなせる器用さもあります。コストパフォーマンスは本当に高く、趣味のオーディオの入り口として最適な、本格的で長く使えるスピーカーです。いままでオーディオに興味がなかった人も、聴くと、きっとその違いがすぐに分かるようなスピーカーです。上流はオンキョーをお薦めします。スピーカー自体の音質が柔らかいので、少し引き締める意味でも、オンキョーやパイオニアが適していると、私の耳には聴こえます。

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MENTOR MENUET(3代目のメヌエット

番外編 低価格オーディオアンプ、CDプレーヤーのお薦め

 上記に3つ、お薦めのスピーカーを挙げてきましたが、それなりにお値段がするものです。一番低価格のMENUETでも、実売価格で1ペア、約9万円ほどでしょうか(一番高価なHaydn Jubilee17万円前後です)そこにアンプやプレーヤーをというと、かなり大きな出費になります。そこで、ここでは、比較的安価で、音が良いアンプとプレーヤーをご紹介したいと思います。導入時点では一点豪華主義でスピーカーに重点をおいておいて、あとからじっくりと時間をかけて、アンプなど上流を検討していくというのも面白いものです。

オーディオアンプ:TEAC A-R630MKⅡ

オーディオアンプではTEACA-R630MKⅡをお薦めします。プラスチック感あふれる外観ですが、重量もあり、とても音の良いアンプです。DACなどのデジタル入力系は一切搭載しておらず、ひたすらアナログで音だけを追求している、不器用なアンプです。この価格でフォノイコライザーを内蔵しており、レコードプレーヤーさえ用意すれば、レコードもかけることができます。TEACは以前、デンマークのプライマーと同じ工場でアンプを製造していたことがありました。つまみなど外観もその時の流れをくんでいて、音もなんとなくそのころのTEACの音を彷彿とさせます。同社の他の現行製品とは異なる方向性の音です。低音がよく出て、陰影に富んだ音質で、特にQUAD S-2との相性が良かったです。実売価格は2万円前後で、TEACの良心ともいえるアンプです。

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A-R630MKⅡ
CDプレーヤー:ONKYO C-7030

CDプレーヤーではONKYOC-7030をお勧めします。とても立派な低価格CD専用プレーヤーです。実売23万円くらいながら、ずっと高価なシステムに組み入れても十分、役割を果たすのではないかと思います。解像度も高く、低音もよく出て、バーゲンプライスというのはこういう機器のことを言うのではないかと思います。ONKYOはまた、低価格のアンプもよくて、DALI MENUETには、ONKYOのアンプもよいかもしれません。

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C-7030

まとめ

 お薦めスピーカー3選、いかがだったでしょうか?オーディオ機器は高価だから良い、というものではありません。安ければよいというものでもありません。価格にかかわらず、良いものはよいのです。そして、そこには明らかに違いがあり、それがわかるラインがあります。聴いたときに、思わずはっとなれるか否かの境界線です。上記の3つのスピーカーは、どれもとてもクオリティーが高く、そのラインを超えたものです。そして、コストパフォーマンスもとても高く満足度の高いスピーカーでもあるでしょう。贅沢なものに思われるかもしれませんが、これらのスピーカーで、その息遣いまでも聴こえるような、とても良い音で音楽をきけるとしたら、決して高い買い物ではないと思われるのではないでしょうか。スピーカーはオーディオ機器のなかで、最も楽器に近い存在です。楽器を見るような目で、スピーカーを選んでみませんか?お気に入りのスピーカーは、必ずや日々の生活を彩り豊かなものにしてくれるはずです。この記事が、音楽を少しでも良い音で聴きたいと思ってらっしゃる方々の一助となれたら嬉しいです。

 

※この記事は、ブログ運営者の主観に基づくものであることをご了承ください。紹介いたしました製品の情報は2020.6.6現在のものです。

 

私の好きなクラシック音楽 その14

ロベルト・シューマン ヴァイオリン協奏曲ニ短調1853

ロマン派の中のロマン派 Rシューマン

 ロベルト・シューマンRobert Schumann(1810-1856)という名を聞いたとき、どのようなイメージをもたれるでしょうか?ピアノの名曲である『子供の情景』から『トロイメライ』(「夢みがち」というような意味)などの美しいメロディーを思い出される方がいらっしゃるのではないでしょうか?

 シューマンはその美しく抒情的なメロディーとともに、その文学性の高さから、最もロマン派的な作曲家だと言われています。シューマンは『女の愛と生涯』『詩人の恋』『リーダークライス』など、歌曲にも素晴らしい傑作を残していますが、単純に、そのことが彼の文学性の高さを表しているわけではありません。シューマンの歌曲は「歌の年」といわれる1840年を中心に集中的に作曲されていて、それまではむしろ歌曲自体に否定的であったことがわかっています。

 では、シューマンの文学性とはいったいどのようなものなのでしょうか?シューマンは、歌詞などの言葉によってだけではなく、むしろ内容において、純粋に音楽に文学を持ち込んだのです。『子供の情景』は13曲からなるピアノ小曲集ですが、その一つ一つに副題がついています。『トロイメライ』もそうですし、私が好きな最終曲は『詩人は語る』という副題です。私たちは『詩人は語る』を聴くとき、その副題と音楽の内容が結びつき、響きあっているのを感じます。ピアノの独奏に、旅路の吟遊詩人が詩を吟じる、その語り口を聴いているような、もしくは道行く足どりを見ているような、そんな雰囲気の、世界の中に誘われるのです。それがシューマンのもつ文学性です。

 シューマンは、とても変わった人物であり、また、いろいろなエピソードに彩られた、波乱万丈の人生を送った人でした。若いころはとても裕福で、各地に遊学し、遊び人といってもいいくらいでしたが、そのことは、彼の芸術性と教養を深め、ある意味では彼の音楽を大成させた、不可欠な要素の一つだったともいえるでしょう。妻クララ・シューマンとの関係や、弟子のブラームスとの出会い、もしくは持病である精神疾患などにまつわるたくさんのエピソードがあります。

 なかでも衝撃的なのは、彼の精神疾患についての逸話です。シューマンには「天使の声」が聴こえていたそうです。この声にインスピレーションを受けて、ピアノ四重奏曲のアンダンテ・カンタービレなどの、少し普通では考えられないほどの美しく魅力的な音楽が生まれました。

 精神疾患の原因については諸説ありますが、今では「梅毒による」という考え方が一般的なようです。ただ、この説にも説明不十分な点が多く、決定打には欠けると私は考えています。

 ブラームスと出会った幸せな年の翌年、シューマンはこの精神疾患が原因で、ライン川に身を投げるという、自殺未遂事件をおこします。幸い、一命をとりとめたのですが、自ら精神病院への入院を希望した彼は、その2年後には46年の短い生涯を閉じました。

 その破天荒な生き様も、彼のイメージにロマン派的な色をそえているのかもしれません。

ヴァイオリン協奏曲ニ短調1853

 シューマンは、その生涯に代表的なものでは3つの協奏曲を残しています。ピアノ協奏曲、チェロ協奏曲、そして今回とりあげるヴァイオリン協奏曲です。それぞれとても素晴らしい曲ですが、残念ながら、その中でもっとも演奏される機会が少ないのがヴァイオリン協奏曲です。ですが、私は、3曲の中でこの曲が内容的にも最も充実したものであると考えています。

 ヴァイオリン協奏曲は、シューマンが自殺未遂をする、前年に書かれた作品です。彼は自殺未遂の前後、「幽霊の主題による変奏曲」(Geistervariationen)を作曲していました。その主題は、シューベルトメンデルスゾーンの亡霊によって示されたのだとシューマンは語ったといいます。その主題に、ヴァイオリン協奏曲の第二楽章の主題が酷似しており、そのためか、妻クララはシューマンのヴァイオリン協奏曲の改訂をヴァイオリニストのヨアヒムに依頼します。しかし、それは叶わず、結局、クララとヨアヒムの判断で、お蔵入りとなったこの曲は、演奏されることなく、20世紀を迎えることになるのです。初演は作曲から実に80年以上たった1937年のことでした。

 繰り返しが多いことなどが指摘されたりもして、不遇なこの曲ですが、実際に聴いてみると、すぐに素晴らしい曲であることがわかると思います。とてもシューマン的な、ロマンテックな曲です。第一楽章、冒頭からの動機はドラマチックで心躍ります。また、とりわけ第二楽章の幽霊の主題はとても、とても美しく、シューマンならではのものであり、言葉では伝えきれないほどのものです。全曲にわたる繰り返しの多さも、重ねて回数を聴いてくると、意味のあるものに聞こえて、決して欠点には思えません。そもそも、繰り返しの多さは、シューマンの曲、全般にわたって言えることです。シューマンには、彼しか作曲できないような、神がかった曲がありますが、まさにこの曲がそうであると思われます。

お勧めの演奏

①ユーディ・メニューインYehudi Menuhin (Vn)ジョン・バルビローリ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1938 NAXOS 

 1938年の歴史的演奏。初演権をもっていたメニューイン1916-1999)による演奏。シューマンのヴァイオリン・ソナタも発見したメニューインが、ヨアヒムのアルヒーフに保存されていたシューマンのヴァイオリン協奏曲をシューマンの直筆譜をもとに、忠実に演奏したものです。とても22歳の青年が弾いたとは思えない成熟した演奏ですが、若者ならでは瑞々しさも持っています。それでいて、色気さえも感じさせます。もっと若いころ、少年時代の演奏(エルガーなど)も素晴らしく、神童というのはまさにメニューインのことを言うのでしょう。若きバルビローリは、後年ほどの緩さがなく、私はこのころが一番好みです。とても素晴らしいオーケストラが支えています。

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メニューイン バルビローリ盤

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メニューイン バルビローリ盤

 ②ゲオルク・クーレンカンプGeorg Kulenkampff (Vn) ハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1937 STRINGS

 1937年、ナチス政権下のドイツにおける巨匠クーレンカンプ(1898-1948)による演奏。とても抒情的で、ドイツ・ロマン派を思わせる演奏です。こちらはクーレンカンプやヒンデミットらによる改訂版でした。メニューインとは全く違う演奏ですが、また違った方向性からこの曲を極めた演奏だと思います。とてもロマンチックですが、どろどろしておらず、むしろ清潔感さえ感じさせます。イッセルシュテット指揮のベルリンフィルも、柔軟さを感じさせる名演です。

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クーレンカンプ イッセルシュテット

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クーレンカンプ イッセルシュテット

③ズザーネ・ラウテンバッヒャーSusanne Lautenbacher(Vn) ピエール・カオ指揮 ルクセンブルク放送管弦楽団 1974 TIM

 1974年、こちらはステレオ時代の演奏。ドイツの名女流、ラウテンバッヒャー(1932-)による演奏。メニューインとも違い、同じドイツでもクレーンカンプのような、ロマンの香りが前面に出た演奏ではなく、シューマン的な、野の花を思わせるような、しみじみとした演奏です。とても落ち着いており、丁寧で、私はこの演奏が、実は最もシューマン的なのではないかと思います。内省的なロマンの香りがするのです。メニューインと同じ原典版による演奏です。ルクセンブルク放送管弦楽団も、とても良く、ラウテンバッヒャーのヴァイオリンとよく合っていると思います。

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ラウテンバッヒャー カオ盤

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ラウテンバッヒャー カオ盤

まとめ

 とても素敵な曲や、演奏であるにもかかわらず、知名度があまり高くないものがあります。その原因は、たいていは先入観によるものです。このシューマンのヴァイオリン協奏曲は、その典型的な例だと思います。シューマンの自殺未遂に関係する曲であったことや、クララやヨアヒム、ブラームスらの判断によるお蔵入りの問題、ナチスドイツの時代の再発見など、負のイメージが人々の頭にあったことがその大きな原因でしょう。ですが、先入見なく、一度、聴いてみると、忘れられないような素敵な曲であることがわかるのです。いえ、むしろなぜ、これほどマイナーなのか、わからないくらいです。

 シューマンは、多作な作曲家ですから、名作もとても多く、その全てが公正に判断されることは不可能に近いかもしれません。ですが、このヴァイオリン協奏曲の、とりわけ第二楽章の、優しく、深く美しいメロディーは、私たちに、シューマンの音楽の本質を、誤解を恐れずに言えば、ロマン派音楽の神髄をも感じさせてくれる、最上の旋律だと思われるのです。