音楽のように

ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その13

リヒャルト・シュトラウスメタモルフォーゼン

モーツァルト以来の大天才 R・シュトラウス

 リヒャルト・シュトラウスRichard Strauss1864-1949)といえば、後期ロマン派を代表する作曲家の一人です。映画『2001年宇宙の旅』の冒頭で用いられた交響詩ツァラトゥストラはかく語りき』は多くの方がご存知なのではないでしょうか。歌劇をはじめ、歌曲、交響曲交響詩室内楽曲など、ほぼ全ての分野で傑作を残しました。その才能はモーツァルトに匹敵するといっても過言ではありません。モーツァルトと異なるのは、Rシュトラウス85年という、長寿を全うし、生涯にわたり、傑作といわれる作品をつくり続けたところです。そして、指揮者、批評家としても活躍し、グスタフ・マーラーは、Rシュトラウスの存在がなければ自分はここまでの地位を築けなかっただろうと発言しています。多才であったという意味でもルネサンスの偉大な画家たちにも比肩する、きわめて稀な、大天才だったといえます。

 Rシュトラウスモーツァルトベートーヴェンをはじめ、ブラームスワーグナーを経る、ドイツ音楽史の本流ともいえる流れのなかに位置付けられる作曲家であり、また、それらの総決算的な、ある意味、ドイツ音楽の集大成、一つの頂点といえる作曲家だと私は思っています。

 彼の作品は多種多様にとみ、ヴァイオリン・ソナタや歌曲などにはブラームスの、歌劇における代表作『薔薇の騎士』ではモーツァルトの影響が色濃くみられます。もちろん、その壮大な作風はワーグナーの影響が大きいのですが、私はRシュトラウスブラームスの強い影響下にあったのではないかと考えています。それは、とりわけ、彼の室内楽曲や歌曲のもつ、ある種の素朴さにあらわれています。

 

 Rシュトラウスの生きた時代は激動の時代でした。とりわけ、晩年にはナチス支配下のドイツで敗戦を経験します。彼は、ドイツ帝国音楽院総裁の地位にあった人物です。ナチスとの関係を無かったことにすることはできないでしょう。生きていくために必要であったのか、当時の社会的なポジションがそうあることを強制したのか、時代の大きな流れのなかで、彼はナチスに協力し、その下で音楽活動を営みました。当時のドイツ社会の中で、ナチスに抵抗すること、または無関係を保つことは、私たちが今、想像するよりもずっと難しいことでした。

 そんな中で、彼の音楽家としての矜持をよく表しているエピソードがあります。ナチスは徹底的な反国際ユダヤ主義を掲げ、その影響は音楽界にも及びます。ドイツ在住の一部のユダヤ人芸術家が公に保護された例外はありましたが、ユダヤ人音楽家たちの多くは弾圧をうけます。それは、もう過去の人となった音楽家に対しても行われました。ナチスユダヤ人であったメンデルスゾーンの作品の不当な改訂(『真夏の世の夢』を書き直すこと)をRシュトラウスに命じたのです。これをRシュトラウスは断固拒否し、帝国音楽院総裁の地位を退きます。彼にとって譲れない最後のものは何だったのか、それを知らしめる出来事でした。

死を予感していた?『四つの最後の歌』

 Rシュトラウスがいかに驚愕すべき人物であったかということは『最後の四つの詩』を人生の最後に作曲したということからも分かります。1曲目から3曲目はヘッセの、最後の1曲はアイヒェンドルフの詩に曲をつけたものです。最終曲『夕映えの中で』は、「…これは死だろうか」で結ばれます。

 果たしてRシュトラウスは自分の死を予感していたのでしょうか?分かっていたのでしょうか?このような素晴らしい曲を、人生の最後に作曲したというだけでも凄いですが、この結びの言葉には驚嘆するほかありません。

メタモルフォーゼン23の独奏弦楽器のための習作)』

 作曲されたのは1945年、Rシュトラウスの晩年の作品であり、ドイツが第二次世界大戦に敗れた年の作品でもあります。終戦間際に完成しました。この曲はとても興味深い作品です。メタモルフォーゼMetamorphoseというのはドイツ語で「変化・変形・変容」を意味します。その複数形がメタモルフォーゼンMetamorphosenです。

 弦楽器、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが、11パート、23パートに分かれています。つまり、23台の弦楽器が、それぞれ独立した別のパートを演奏します。それぞれが独立した曲になっていて、主題(ベートーヴェンの『英雄』交響曲による主題やワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の主題など)を繰り返すのですが、それを少しずつ変化(「変容」)させていくわけです。それが23パート集まると、全体で一つの曲となります。 全体で複雑なハーモニーをつくったり、ユニゾンのようになったりと、25分程度の曲ですが、ほとんど繰り返しのようであるにもかかわらず、変化に富み、その美しさに圧倒されます。習作という副題がついているように、実験的な作品ですが、R・シュトラウスの特徴的な響きが感じられる、最高傑作の一つなのではないでしょうか。

お勧めの演奏

①クレメン・スクラウスClemens Krauss指揮 バンベルグ交響楽団 盤 1953 preiser records

 Rシュトラウスの信頼の厚かったクレメンス・クラウス(1893-1954)の演奏。クラウスはRシュトラウスの歌劇『カプリッチョ』の台本を担当したこと、また、今や伝統になっているウィーンフィルニューイヤーコンサートを始めたことでも知られています。Rシュトラウスの演奏史でも外すことのできないクラウスですが、流石に王道の、はったりのない、自然な演奏です。他の演奏に比べあっさりしすぎているようにも感じられるかもしれませんが、小細工一切なしの淡々とした演奏は、かえってその曲の偉大さを感じさせるものです。CDでは途中で音量ががくんと落ちてしまいますが、音量をあげれば大丈夫です。

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クラウス バンベルク響 盤

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クラウス バンベルク響 盤


 ②ルドルフ・ケンペRudolf Kempe 指揮 ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団 盤 1968 SONY CLASSICAL

  ドイツを代表する巨匠、ルドルフ・ケンペ1910-1976)とミュンヘンフィルとの演奏。彫りが深く、エネルギッシュな印象の演奏。独特の個性の感じられる演奏ですが、決して不自然な感じはしません。カップリングのシューベルト『ザ・グレート』がまた素晴らしいので、入手して損はないと思います。ケンペは他に、シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏もあります。

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ケンペ ミュンヘンフィル 盤

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ケンペ ミュンヘンフィル 盤


オトマール・スウィトナーOtmar Suitner 指揮 シュターツカペレ・ドレスデン 盤 1966 edel CLASSICS

 日本にもなじみの深いドイツの巨匠、オトマール・スウィトナー(1922-2010)がシュターツカペレ・ドレスデンを振った演奏。深々とした印象の、素晴らしい演奏の一つ。硬派ですが、自然で、渋く、木の香りのする演奏で、さすがクラウスの弟子というところです。スウィトナー東西ドイツの両方に家族(本妻と愛人の家族)を持ち、そのどちらにも睦まじく看取られたというエピソードがありますが、きっとその人物自体もとても魅力的だったのでしょう。

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤


 まとめ

 今回はRシュトラウスの『メタモルフォーゼン』をとりあげました。傑作の多い作曲家なので、とても素敵な、大好きな曲が多く、どの曲をとりあげるか迷ったほどです。交響的幻想曲『イタリアから』、ヴァイオリン協奏曲、ホルン協奏曲、歌劇『影無き女』、そして『四つの最後の歌』など、Rシュトラウスは本当に魅力的な素晴らしい曲を、生涯にわたりいろいろな分野で作曲しています。ルネサンスベネチア派の画家ティチアーノに匹敵するのではないかと誰かが言っていましたが、それほどのインパクトのある作曲家です。とりわけモーツァルトを愛したRシュトラウスですが、彼の作品にはモーツァルトベートーヴェンシューベルトシューマンブラームスワーグナーなど、ドイツの本流の作曲家たちのエッセンスがつまっています。それらが、Rシュトラウスの個性によってまとめられ、高められているのです。

 ドイツ文学の世界では、ドイツ文学史において、フォーゲルヴァイデなど中世の時代の文学、ゲーテの時代の文学、そしてトーマス・マンなどの近現代の時代の文学と、3つの頂点があったとされています。それに倣うと、ドイツ音楽における、モーツアルトに次ぐ、二つ目の頂点がRシュトラウスであったと言えるのではないかと私は考えています。変わった人格の持ち主だったようですし、ナチス・ドイツとの関係もいろいろな観点から論じられています。それらを美化する必要はないと私は思います。ただ、その音楽を味わい、公正に判断すると、Rシュトラウスの音楽が間違いなく素晴らしいものであることがわかると思います。『メタモルフォーゼン』は、そんな彼の代表作のひとつなのです。 

 

私の好きなクラシック音楽 その12

エフゲニー・スヴェトラーノフ 『詩曲』

3つの顔を持つ音楽家 スヴェトラーノフ

 エフゲニー・スヴェトラーノフYevgeny Fyodorovich Svetlanov1928-2002)はロシア(旧ソビエト連邦)を代表する指揮者の一人です。赤い扇風機を常に譜面台に取り付けて演奏するそのスタイルから、彼がいかに母国、ソビエトを愛し、忠誠を誓っていたかをうかがいしることができます。旧ソビエト連邦共和国は、もちろん、共産主義の国家であり、そのシンボルカラーは赤色です。彼の他にも、たとえばピアニストのヤコフ・フリエールは真っ赤なスタインウェイを愛用していたりなど、ソビエト体制下で音楽家は様々なかたちでその思想を表明、表現していました。

 このように体制派とも言える立場にいたスヴェトラーノフですが、ソビエトの音楽、ロシアの周辺諸国の音楽、または永世中立国であるスウェーデンの音楽などを世界に周知するという仕事において、極めて重要な役割を果たしました。彼は非常に多くの作曲家の、数々の隠れた名曲を演奏、録音していったのです。彼は一流の指揮者として知られています。

 

 しかし、彼の音楽家としての顔は、指揮者としてのものだけではありませんでした。彼は自分を、第一に作曲家として、第二にピアニストとして位置付けていました。指揮者としては三番目に位置付けていたのです。今回、とりあげる『詩曲』は、彼が作曲家としていかに優れていたかを、十分に物語ってくれる名曲です。他にも『赤いゲルターローズ』やピアノ協奏曲などの名曲を作曲しています。

 

 スヴェトラーノフはまた、ピアニストとしても優れた演奏を残してくれており、CDなどの音源で聴くことができます。ロシア四大教師の一人、ゲンリヒ・ネイガウスの門下であり、ネイガウスの息子で素晴らしいピアニスト、スタニスラフ・ネイガウスと親しかったといいます。ラフマニノフなどに優れた演奏を残しました。それらを聴くと、指揮者や作曲家が、ただ「ピアノも弾けます」というのとは全く異なる次元の演奏であることがわかります。ロシアピアニズムの系譜に連なる、第一級のピアニストだったのです。

 

 スヴェトラーノフという音楽家をとらえるとき、第一に指揮者であったとしてでなく、第一に作曲家であったとしてとらえた方が、その全貌を正確に把握できるのではないかと私は考えています。まず、彼の自作の曲は、とてもロマンテックです。このことは、彼のピアノ演奏、そして指揮にも表れています。 そして、次にあげられるのは、彼の演奏が基本的には非常にインテンポなものであることです。爆音であるとか、激しいとか、そういうことがクローズアップされがちですが、彼の音楽の根底には、大きく揺らぐことのない、とうとうたるインテンポの律動が一貫しています。スヴェトラーノフは本当に膨大な量の作品を演奏してきましたが、私の聴く限り、いい加減な演奏は一つもなく、全てが一球入魂のものです。非常に考えられたテンポをとっています。これは、スヴェトラーノフが、作曲家として、いかにテンポを大事にしていたかということを裏付けることでもあります。作曲家としてのこだわりであり、曲を作った作曲家への敬意の表れでもあるのでしょう。

 そして、一方、自分をロシアの作曲家の系譜に位置付けるということは、大胆な行為であり、また、とても大きな使命を背負うことでもあります。バラキレフやリムスキー=コルサコフ、チャイコフスキーなどの系譜に連なることになるわけですから。自らを第一に作曲家であるとすることは、スヴェトラーノフの、全てを音楽に捧げるという決意の表れだったのではないでしょうか。いずれにせよ、彼が作曲家、ピアニスト、指揮者という3つの側面、その全てにおいて一流であった、稀有な音楽家だったことは間違いありません。

『詩曲』

 『ヴァイオリンとオーケストラのための詩曲』は、旧ソ連の誇る大ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフの追悼のために作曲されました。

 『詩曲』といえば、まず思いつくのはショーソンの『詩曲』だと思います。ヴァイオリン独奏とオーケストラのために書かれたものですが、一般的なヴァイオリン協奏曲と異なり、単一楽章で、交響詩的な性格も持っています。以前とりあげた、ヴォーン=ウィリアムズの『揚げ雲雀』も似たようなものです。スヴェトラーノフの『詩曲』も、規模も含めて、形式的にはショーソンのそれと似ています。

 大変、陰のある深刻ともいえる曲ですが、上述のようにとてもロマンテックです。曲の半ばのカデンツァが聴きどころです。前奏の後、すすり泣くようなヴァイオリン・ソロがはじまり、カデンツァでそれは慟哭へと変わります。そして、オーケストラもそれに続き、激しい合奏になり、その後、静かに終曲を迎えます。たった15分程度の短い曲ですし、構成も単純ですが、それだけにロマンテックなメロディーの訴える力の強さを感じます。作曲家としてのスヴェトラーノフを知るのに、最適な作品であると私は思います。

お勧めの演奏

①イーゴリ・オイストラフ(ヴァイオリン)エフゲニー・スヴェトラーノフYevgeny Fyodorovich Svetlanov指揮  ソビエト国立アカデミー交響楽団(ロシア国立交響楽団) 盤 1978 AUDIOPHILE CLASSICS

 スヴェトラーノフ(1928-2002)自身が指揮をして、ソリストダヴィッド・オイストラフの息子、イーゴリ・オイストラフ(1931-)を迎えた、名盤。ダヴィッド・オイストラフはロシアのヴァイオリニストとしては圧倒的な存在感を誇ったヴァイオリニストですが、それに対して、息子を支持するイーゴリ派というファンが存在するほどのヴァイオリニストです。父が演奏しなかったレパートリーのなかにも得意なものがあり、エルガーのヴァイオリン協奏曲など素晴らしいです。また、奏法もまったく異なり、最終的にフランコ・ベルギー派の頂点にまで上り詰めました。そんなイーゴリのヴァイオリンは、その美しい音色と、正確な音程、均整の取れたスタイルで、かつ十分な激しさをもって、カデンツァを歌い上げています。ロマンテックなスヴェトラーノフの指揮と相まって、メリハリの利いた、しかし極めて自然な演奏に仕上がっています。何度も繰り返して聴きたくなるような、そんな演奏のひとつです。

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スヴェトラーノフ USSRSAO 盤

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スヴェトラーノフ USSRSAO 盤

まとめ

 ロシアという国は、とてもミステリアスな国でもあります。社会主義を試した実験場的な一面を持つだけでなく、その体制下で様々な文化的な試みがなされました。政治的な上からの弾圧がクローズアップされる一方、非常に優れた教育制度が開発され試されたことも事実です。それは決して、国家を盲目的に信奉するだけの、画一的なロシア人を生産するという目的でなされたものではなく、また結果もしかりでした。とても多くの個性的な音楽家が生まれたこと、それは作曲、演奏、両面でですが、近現代において、その代表格がロシアにも多いということがその表れです。政治的圧力との緊張関係の中から生まれた場合もありますが、そうでないことも多かったのです。

 ロシアの人々の心には、今でも常に、プーシキンチャイコフスキーが大きな位置を占めています。ロシアはまさに、文学と音楽の国なのです。スヴェトラーノフはそんな国の、一人のロシア人であり本物の音楽家でした。もし仮に、体制派であったという一点で、敬遠してらっしゃる方がいるとしたらとてももったいないことです。旧ソ連体制下の音楽にも、あのロシア文学と同じような広がりをもった、素晴らしい世界があるのですから。スヴェトラーノフの『詩曲』を聴いていると、彼自身がどのような思想をもっていたかなどは些細なことで、それよりも何に対しても真摯に、偽りなく、まっすぐに取り組むことの素晴らしさを感じます。音楽に対してはもちろんのことす。スヴェトラーノフの『詩曲』には、シニカルな要素は皆無です。曲自体にも、その演奏にも、真面目で誠実な人柄が、音楽家スヴェトラーノフという人格がにじみでているように感じるのです。

 

私とオーディオ その3

家族でオーディオを楽しむこと

 私たち家族は無類の音楽好きを自負しています。家族が集まる夕食には必ず音楽をかけますし、音楽談議に花が咲くこともしばしばです。実はこのブログの音楽の記事は、私一人だけの意見ではなく、この音楽談議からもヒントを得て、その考えを集約しているところが多々あります。

 そんな私たちは、音楽の好み、作曲家や演奏家、そして演奏そのものの趣味が合うことが多いです。ですが、やはりそれぞれにこだわりがあり、贔屓の音楽があります。それぞれの好みの音楽をみんなで聴くことでお互いの見分をひろげているようなところがあります。

 そして私たちはまた、オーディオがとても好きな家族でもあります。下の写真をご覧ください。

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音楽室のオーディオ

 私たちが音楽室と呼んでいる部屋のオーディオシステムです。三組のスピーカーがありますが、それぞれお気に入りが異なります。

 一番内側のDALI MENTOR MENUETは母のお気に入りです。小型スピーカーとは思えない鳴りっぷりで、ルチア・ポップのアリアなどを聴くと最高です。女性ボーカルの良さが評判ですが、その通りだと思います。極めて上質な音のスピーカーです。

 真ん中のBW CDM1は弟のお気に入りです。これはメインシステムのスターリングとほぼ同時期に購入したものですが、100パーセント、クラシックしか聴かない弟が、20年以上もクラシックのみをかけ続けただけあり、クラシックに最適のスピーカーに仕上がっています。豊かな低音と、美しい高音が魅力的なスピーカーで、フランソワの硬質なピアノのタッチを正確に表現してくれます。それでいて雰囲気もたっぷりのスピーカーです。

 一番外側のJBL 4307は私のお気に入りです。私は主にクラシックを聴きますが、ごくたまに他のジャンル、尾崎豊スピッツなどを好んで聴いています。時にはジャズも少し聴きます。ですから、JBLのなかでは最もいろいろなジャンルをこなせるこのスピーカーを愛用しているのです。もちろん、クラシックもとても艶やかな音で鳴らしてくれます。山水のアンプとの相性も良いのでしょう。尾崎豊など男性ボーカルとの相性は抜群だと思いますし、中型ブックシェルフなので、余裕をもってたっぷり聴かせてくれるスピーカーです。

 上記3つのスピーカーは所謂、名機で、大変コストパフォーマンスにも優れたものです。どれも本格的に音楽に向き合うことを可能にしてくれる優れたスピーカーたちだと、大事にしています。

 

 このように、聴くジャンルや、演奏によってオーディオを選んで聴くのも一つの楽しみになっています。経験上、すべてのジャンルをこなすことのできるオーディオシステムを組むのは難しいと感じています。もちろん、それなりに鳴らすことは可能ですし、どこで満足するかの問題なのですが。ですが、ある特定のジャンル、目的のためのオーディオシステムを追求して、感動を得ることが私たちのオーディオ道楽の醍醐味でもあるのです。皆さんも、自分の好みの音楽に特化した、自分だけのオーディオシステムを組んでみませんか?毎日の音楽体験がきっと、さらに感動的なものになると思います。

 

私の好きなクラシック音楽 その11

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ 『揚げ雲雀』

イギリス田園主義の作曲家

 ヴォーン・ウィリアムズVaughan Williams1872-1958)はイギリス田園主義を代表する作曲家の一人です。裕福で教養のある家系に生まれた彼は王立音楽院に進学してスタンフォードの下で作曲を学びました。以前とりあげたスタンフォードの弟子ということになります。遅咲きだった彼ですが、9つの交響曲と、協奏曲、管弦楽曲吹奏楽曲などに、多くの傑作を残しています。

 ヴォーン・ウィリアムズの大きな功績のひとつは、民謡などイギリスの日常生活に根差した音楽の採集と保存でした。『グリーンスリーヴスによる幻想曲』はその成果の一つとして生まれたものです。

 当時、イギリスでは民謡を五線譜に移す作業が進んでいました。しかし、本来、民謡には長調短調も、小節も存在しません。ヴォーン・ウィリアムズは、口承による伝承が廃れてしまうことを危惧し、自らそれらを採集、保存したのでした。

 ではイギリス田園主義とはどのようなものなのでしょうか?

 ご存知の通り、イギリスは産業革命発祥の地。環境汚染や、そこまでいかなくとも、景観の破壊など、自然にかかわるいろいろな問題が生じました。それを背景に、イギリス田園主義音楽が生まれます。工業化、都市化へのアンチテーゼとして、地方の田舎を起点としたイギリス田園主義では、それに先駆けて、他国でヤナーチェクなどの民族主義音楽のような流れができる中、先進国ならではのもの、失われた、失われつつある自然への憧憬のようなものから、ある種、理想化された自然が題材になっています。ヴォーン・ウィリアムズはその流れを代表する作曲家の一人でした。そういう意味からも、イギリス田園主義音楽は理想主義、空想的社会主義などとも結びつきやすく、ヴォーン・ウィリアムズにもその傾向がみられます。

『揚げ雲雀』“The Lark Ascending”

 ヴォーン・ウィリアムズの作品の中でも人気のある曲です。ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンス、『揚げ雲雀』は、そのピアノ伴奏版が1914年に作曲されました。ヴォーン・ウィリアムズはこの年、第一次世界大戦に従軍したため、オーケストラ版は大戦後に完成し、1921年、サー・エードリアン・ボールトの指揮により初演されています。文明のもたらす極限の状態である戦争を背景にこのような田園主義の音楽ができたのは象徴的なことに思われます。

 揚げ雲雀は、春、ヒバリが空高く舞い上がりさえずる様子をあらわす表現です。春の訪れを示す季語でもあります。ヴォーン・ウィリアムズは同国の作家であるジョージ・メレディスの詩『揚げ雲雀』に触発されてこの曲を書きました。ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンスという副題がついているように、この曲はヴァイオリン協奏曲のような性格をもっています。しかし、ヴァイオリン独奏はヴィルティオーゾ的な活躍を見せるのではありません。つつましやかなソロの感じがとても心地よく、オーケストラが周囲の自然を、そしてヴァイオリンが自然のなかを舞い上がる一羽のヒバリを表現しているように感じられます。

 15分強ほどの曲ですが、この曲を聴いていると、自分がヒバリになって英国のなだらかな丘陵や、切り立った岸壁の、その上にひろがる高い空を飛翔していくような、そんな感覚をおぼえます。初めてこの曲を聴く人も、この曲のタイトルを知ると「ああ、なるほど」と納得するような、そんな曲ではないでしょうか。

お勧めの演奏

①サー・エードリアン・ボールトSir Adrian Boult指揮 ニューフィルハーモニア管弦楽団 盤 1967 WARNER CLASSICS

 イギリス音楽界の重鎮にして、立役者、サー・エードリアン・ボールト(1889-1983)の演奏です。この『揚げ雲雀』の初演も、ボールトが行っています。さすがボールトと思わせるような、男性的な演奏です。水の流れるような、きわめて自然な音楽作りです。

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ボールト ニューフィルハーモニア管 盤

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ボールト ニューフィルハーモニア管 盤

②ヴァーノン・ハンドリーVernon Handley指揮 ロンドンフィルハーモニー管弦楽団 盤 1985 WARNER CLASSICS

 ボールトの後継者のようなハンドリー(1930-2008)が、古式ゆたかなオーケストラ、ロンドンフィルを指揮した演奏。田園的な落ち着いた演奏ですが、たっぷりとした歌に満ちています。しかししまっていて男性的です。まるで野を流れる清流のように、作為的なところのない、素晴らしい硬派な演奏です。

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ハンドリー ロンドンフィル 盤

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ハンドリー ロンドンフィル 盤

③ブライデン・トムソンBryden Thomson指揮 ロンドン交響楽団 盤 1987 Chandos

 ボールト、ハンドリーが同じ傾向の演奏であるのに対して、ヴォーン・ウィリアムズの民謡性のなかのケルト的な要素、悠久の時間や、自然の風土、フィヨルドを想起させるような、彫りのふかい演奏です。ひろがりがあり、深々としています。トムソン(1928-1991)の指揮活動の場は、どちらかというと英国の中心地ではなく、ケルト的な地方を主な舞台としていました。才能あふれる彼でしたが、アルコール依存症で、63歳の若さで亡くなってしまったことが悔やまれます。是非、一度、聴いていただきたい、お気に入りの演奏です。

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トムソン ロンドン響 盤

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トムソン ロンドン響 盤

まとめ

 ヴォーン・ウィリアムズは平和と平等を愛した、理想主義的なところのある人物でした。ロンドンにあふれる浮浪者を描写している部分のある曲(交響曲2番)や、戦争の悲惨さを表現した戦争交響曲交響曲456番)など、社会性のある曲を多く作曲しています。ですが、なぜでしょうか、悲惨な状況を描写する部分がありながらも、ヴォーン・ウィリアムズの作品の多くには、優しさ、美しさが溢れているのです。それはヴォーン・ウィリアムズが、社会の暗部を描写しながら、平和で平等な、美しい世界への憧憬を持ち続けたからではないでしょうか。『揚げ雲雀』も同様に憧れにみちた作品です。彼の人柄、スタンスを象徴する一つの出来事に、著作権敵国条項を望まず、放棄したというエピソードがあります。ヴォーン・ウィリアムズの曲を聴いていると、音楽は偽らないものだと感じます。彼の音楽の美しさは、理想に燃える彼の行動や姿勢を、互いに裏付け、響きあうことで成り立っているのです。

 

私の好きなクラシック音楽 その10

チャイコフスキー 交響曲6ロ短調 作品74『悲愴』

ロシアの生んだ天才作曲家

 ロシアで最も尊敬されている作曲家といえば、グリンカだそうですが、世界的に最も愛されているロシアの作曲家はピョートル・イリイチ・チャイコフスキーPeter Ilyich Tchaikovsky 1840-1893)だと思われます。

 三大バレー『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』はとても有名ですし、その他にも、『四季』に代表されるピアノ曲、『エフゲニー・オネーギン』に代表されるオペラ、その他、協奏曲や室内楽の数々、そして忘れてはならないのが文学性豊かな歌曲の数々、そして『悲愴』に代表される交響曲など、ほぼすべての分野で傑作を残しています。

 チャイコフスキーと言えば、同性愛者であったことや、自殺で亡くなったと言われていたこと、そして、作曲においてスランプに苦しんだことなど、やや暗いイメージもある作曲家です。『白鳥の湖』などは、単に美しいというだけでなく、凄みや恐ろしさまで感じさせる曲なので、そのイメージを強めているかもしれません。

 作曲に苦しんだチャイコフスキーですが、それも才能の裏返しのようなところがありました。極めて優れた曲を作曲できたから、苦しんだのです。作曲家としてのスタートが遅かったチャイコフスキー37歳の時、『白鳥の湖』を作曲しました。作品番号は20で、比較的若い番号です。作品そのものは周知のように素晴らしいものですし、チャイコフスキーも自信があったのですが、上演のまずさもあり、世間に受け入れられませんでした。このようなことが重なったのも生みの苦しみを助長したのかもしれません。

チャイコフスキーブラームス

 そんなチャイコフスキーと好敵手の関係にあった作曲家がドイツにいました。少し年上になりますが、ブラームスです。その才能はまさに肉薄したものでした。

 この二人に関しては、主にその違いについて、いろいろなところで述べられてきました。

 チャイコフスキーが時にスランプに苦しみながら作品をつくる作曲家であり、ブラームスがこつこつと着実に名曲を作曲していくような作曲家であった点。両者のヴァイオリン協奏曲を比較すると、チャイコフスキーがメロディーを中心としたものであり、ブラームスが内声部を重視したものであること(チャイコフスキーブラームスのヴァイオリン協奏曲のことを「台座だけの彫像」と表現しました)そしてチャイコフスキーがオペラに傑作を残したのに対してブラームスはオペラを作らなかった点、などなど。

 しかし、実はこの二人、深いところでとても重要な共通点があると私には思われてなりません。そのことは両者の誕生日(57日)が同じであることが象徴しているようです。まず、二人が音楽史上、まれにみる天才で、ともに素晴らしいメロディーメーカーであった点。また両者共にシューマン譲りの文学性の高さを感じさせる素晴らしい歌曲を残しています(チャイコフスキーのものでは『舞踏会の喧騒の中で』や『ただ憧れを知る者のみが』など)この二つの共通点は、細部の特徴ではなく、大きくとらえたものですが、実はとても重要な要素です。ですから、それ故に、二人はお互いに認め合っていたのです。

 チャイコフスキーグリーグについて述べるとき、このように発言したといいます。

 「あのブラームスほどの才能はないが、素晴らしい作曲家です」

 また、チャイコフスキーの第5交響曲の演奏会後、二人は会食してこのような会話をしました。

 ブラームス:「第3楽章までは素晴らしかったね」

 チャイコフスキー:「私もそう思います」

交響曲6ロ短調 作品74『悲愴』

 チャイコフスキーが人生の最後に作曲したのが交響曲6番『悲愴』です。4つの楽章からなるこの交響曲に非常に特徴的なのは、緩徐楽章が終楽章に置かれていることです。先に述べました第5交響曲で第4楽章、つまり終楽章があまり良くなかったかのようなブラームスの発言でしたが、これは「フィナーレ問題」というものです。それまでの楽章の音楽とつながりが不自然になってしまったりなど、最終楽章で上手にまとめることの難しさを表す言葉ですが、この第6交響曲『悲愴』はそのフィナーレ問題を克服したと言われています(私は第5交響曲のフィナーレは素晴らしいと思いますが)本来、第2楽章もしくは第3楽章に置かれることの多い緩徐楽章を、最終楽章に持ってきて、第1楽章から第3楽章までがそこに向かって準備されているいることがよくわかる構成となっているのです。

 まさに、クライマックスのこの第4楽章が聴きどころです。アダージョとしては異例なほど激しく、密度感のある、怖いくらいの美しい楽章です。この曲を聴いていると、チャイコフスキーがメロディーのみに優れた作曲家であるのではなく、内容も充実した、素晴らしい構成力の作曲家であることが分かります。もしこの交響曲が作曲されていなかったら、交響曲の歴史はとても寂しいものになっていたことでしょう。そのくらいの傑作であり、交響曲における金字塔であると私には思われます。

お勧めの演奏

①エフゲニー・ムラビンスキーEvgeny Aleksandrovich Mravinsky指揮  レニングラードフィルハーモニー交響楽団 盤 1960 Deutsche Grammophon 

 まさに、ザ・悲愴という演奏です。ムラビンスキー(1903-1988)が尊敬したドイツの指揮者アーベントロートの『悲愴』に大きな影響を受けていることが分かります。スケールの大きさ、激しさ、美しさ、そして凄み、どれをとっても一流で、磨き抜かれています。極めて有名な演奏で、私が一番初めにはまった『悲愴』です。お国ものでもありますし、本物のかおりのするお勧めの演奏です。入手もとてもしやすいです。チャイコフスキーはおそらくこのような演奏を想定していたのではないかと思わせます。

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ムラビンスキー レニングラードフィル盤

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ムラビンスキー レニングラードフィル盤

 

ロヴロ・フォン・マタチッチLovro von Matačić 指揮 NHK交響楽団 盤 1967 NHK CD

 ウィーンで教育を受けて、ドイツものを得意とするマタチッチ(1899-1985)ですが、クロアチアの貴族であり、スラヴの血がそうさせるのでしょうか、チャイコフスキーも素晴らしい演奏が残っています。また、マタチッチは初めてN響の音を聴いた時、「なんていい音なんだ」と、一目ぼれをしたといいます。マタチッチは優れた指揮者ですから、どこのオーケストラを振っても素晴らしいのですが、私はN響との共演が一番好きです。N響はマタチッチの最高の楽器だったのではないかと思います。指揮者とオーケストラの全団員が同じ方向を向いており、それはクオリティー、スケールにおいてはムラビンスキー、レニングラード・フィルに匹敵するもので、それに加えて、細やかで温かい独特の歌にあふれたものになっています。とりわけ、60年代から75年までの共演に優れたものが多く、75年の第5交響曲のライブ録音も強くお勧めしたい演奏です。

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マタチッチ N響 盤

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マタチッチ N響 盤

③アルヴィド・ヤンソンスArvīds Jansons 指揮 ドレスデン・シュターツカペレ 盤 1971 WEITBLICK

 このころのドレスデンスターツカペレは現代風とは違う、古式豊かな、素晴らしいオーケストラです。そんなオーケストラと、東京交響楽団との縁の深いアルヴィド・ヤンソンス(1914-1984)との共演です。第四楽章冒頭の暗さは深く、非常に激しいところもある演奏で、アルヴィド・ヤンソンスの悲しみの深さのようなものすら感じさせる演奏です。レニングラード・フィルでムラビンスキーの下、副指揮者をつとめていた彼ですが、ムラビンスキーと全く違う演奏であるところも素敵です。

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ヤンソンス ドレスデン・シュターツカペレ盤

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ヤンソンス ドレスデン・シュターツカペレ盤


アルヴィド・ヤンソンスの悲しみ

 『悲愴』という交響曲は、たくさんの良演に恵まれた作品です。非常に多くの指揮者、オーケストラがとりあげていることから、この曲がいかに素晴らしいかがうかがい知れます。このブログで初めて日本のオーケストラをとりあげましたが、N響とマタチッチの演奏も素晴らしいものです。実は過去、もったいないほど優れた指揮者がたくさん来日し、日本のオーケストラと素晴らしい関係を築いていました。カイルベルトサヴァリッシュスウィトナー、コシュラーなどなど、枚挙にいとまがありません。

 そのなかでもアルヴィド・ヤンソンスと東京交響楽団との関係は涙なしには語れないものです。東響の経営危機に際して、団長の橋本氏が友人であるレニングラード・フィルの副指揮者アルヴィド・ヤンソンスへ電報を打ちます。「予定の公演の件ですが、公演料をお支払いすることができなくなったのです…」アルヴィド・ヤンソンスは公演料の心配はない旨の電報を打ち、直ちに単身、船で横浜へ向かいます。ウラジオストックで再び、東響のために尽くすため、すぐに横浜に到着する旨の電報を打ちますが、橋本氏は電報を受け取っておらず、アルヴィド・ヤンソンスが港に着く4時間前に自ら命を絶っていたのです。それを知ったアルヴィド・ヤンソンスはその場に泣き崩れたと言います。

 アルヴィド・ヤンソンスの来日の少し前に東響は解散して、橋本団長はその責任を感じていたのでした。そして橋本団長との約束を守りアルヴィド・ヤンソンスは東響の再建と発展に労を惜しまなかったのです。彼の『悲愴』を聴いていると、その一件のことが頭に浮かんできます。港で橋本団長の姿を探すアルヴィド・ヤンソンスの姿が見えてくるのです。 

まとめ

 人は皆それぞれの悲しみをもっているのではないかと思います。チャイコフスキーの『悲愴』を演奏するとき、その演奏者の悲しみの深さが表現され、聴く者の心の琴線に触れるのではないでしょうか。お勧めに挙げ切れなかった演奏にも、たくさんの素晴らしい『悲愴』がありますが、それらはみな、悲しみを知る人の演奏だと感じます。それにしても、チャイコフスキーはなんという曲を作ってしまったのでしょうか。そう思わずにはいられません。それは音楽史上の奇跡であり、様々な苦難も経験したチャイコフスキーにしかなしえなかったことです。『悲愴』は苦難の末にできた果実ですが、私には、創造、そして希望を象徴する作品でもあると思われるのです。

 

(参考サイト)『海外オーケストラ来日公演記録抄』(本館)

       より ヤンソンスと橋本東響団長(1964)(昭和三十九年)

       http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page223.html        

      素敵なホームページで参考にさせていただいています。

      いつもありがとうございます。

 

私とオーディオ その2

アンプの修理

 2月半ば、我が家のメインシステムのアンプにトラブルが発生して、修理をすることになりました。CDなどライン入力は問題なく鳴るのですが、レコードを再生するためのフォノ入力が鳴らなかったのです。重量30㎏のアンプ(DENON PMA-SX1)なので、出張修理をお願いしたのですが、来てくださった修理の方の判断で、持ち帰っての修理になりました。

 そして先日、ほぼ一月半ぶりに、しっかりと直って戻ってきました。時間がかかったのは、メーカーでもまだ遭遇したことない不具合だったからで、何人も集まって、何度もテストをして、直してくださったそうです。修理明細書にはたくさんの部品を交換したことが書かれていました。大変、丁寧に修理してくださったことが分かりました。

 

 今回の修理で担当してくださったのはベテランの技師の方でした。LPレコード(ナタン・ミルシュテインとアルチュール・バルサムのベートーヴェン『春』とベルナール・ミシュランのチェロの小曲を数曲)をかけて、少しお話をしました。長年、オーディオに携わって来られた方なので、たくさんのオーディオ機器を聴いてこられて、また、知識も深く広くおもちで、いろいろ興味深いお話をきかせていただきました。

 我が家のアンプは、パワーアンプに、入力切り替えのためのセレクターと音量調節のためのヴォリュームがついただけのシンプルなもので、テスト用のスピーカーでもとても良い音がしたとお墨付きを頂きました。また、スピーカーのタンノイは、家庭にはちょうど良い大きさで、また同軸ユニットのため、低音から高音まで同じところから音が出て気持ちがよいとおっしゃってくださいました。

 ただ、レコードに関しては、もう少し良いカートリッジを使ってあげてください、とのことでした。 ふだん、聴くのがほとんどCDの私たちなので、レコードのカートリッジはMM型を使っていました。カートリッジというのは、アームの先のレコード針がついているところのパーツのことです。たいていのレコードプレーヤーはこのパーツを交換できるようになっています。

 カートリッジには大きく分けてMM型とMC型の2つの形式があり、MC型の方が再生周波数が広く、細かい音が出て、その再生音はハイレゾだということができます。現代のデジタルオーディオでもハイレゾの再生が流行していますが、これは、デジタルをいかにアナログに近づけるかということが基本になっています。

 私たちはクラシックを聴くので、MC型の方が適しているのですが、近年、カートリッジをつくることのできる職人さんが減っており、MC型カートリッジはとても高価なものになってきています。ほとんどコイルを巻くというだけの作業なのですが、それには職人の技がいるそうです。

 「車に積んでいるけど、聴いてみる?」と技師の方がおっしゃってくださり、DL-103という、NHKで使われていることで有名なMC型カートリッジを持ってきてくださいました。そして、今ついているMM型カートリッジとシェルごと交換してくださり、いよいよ音出しです。

 すると、やはり出てくる音の細かさが違います。バイオリンの弦のかすれる音が聴こえてきました。ただ、今使っているMM型カートリッジも、元気なところや聴きやすいところなど、長所もあると思いました。所有するMM型カートリッジと103とは価格的には10倍以上も異なり、おいそれと手を出せるものではありません。ですからMC型の103を聴くことができたのは貴重な体験でした。ただ、この103も以前は1/3程度の定価だったので、技師の方も「もう少し安ければなあ」とおっしゃっていました。

素敵なお土産

 他にもたくさんお話を伺いました、奈良や小豆島など、いろいろなところへお仕事で出かけられるそうで、楽しいとおっしゃっていました。手先の器用な方で、木彫りも趣味とされていて、鹿や小鳥など、つくられたものをいくつか見せてくださいました。そして、別れ際に、なんと木彫りのカワセミを記念にとプレゼントしてくださいました。美しい、とても素敵なカワセミです。丁寧な修理をほどこされてアンプが返ってきたこと、そして美しいカワセミを我が家に迎えたこと。この二つのことで、今回のアンプの故障は、かえってよかったのではないかと思いました。ちなみに、保証期間内だったので、修理代金は無料でした。

 担当してくださった技師の方、メーカーの方、この度はありがとうございました。これでまた最高の音で音楽を楽しむことができます。いずれオーディオアンプについても記事を書こうと思っています。

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スピーカーの上のカワセミ

 

私の好きなクラシック音楽 その9

レオシュ・ヤナーチェク 弦楽のための組曲 

ヤナーチェクの音楽

  『シンフォニエッタ』『ないしょの手紙』『利口な女狐の物語』など、数々の名曲を作曲し、その名を音楽史に刻んだのはレオシュ・ヤナーチェクLeoš Janáček1854-1928)です。現在もチェコに含まれるモラヴィアの出身で、ときにモラヴィアの民族色豊かな民謡を題材に作曲し、人々の話す言葉の抑揚をもとに旋律をつくり(発話旋律)、また動物の鳴き声など自然の音から音楽を作り出しました。音楽の題材の採集の方法は、実際に自分の脚をつかって地方を取材するというもので、これは民族音楽の採集、そしてそれによる音楽の刷新という二点において、後年のバルトークを先取りしたものと言えるでしょう。

 チェコの音楽というと、まず思いつくのは、『モルダウ』のスメタナと、『新世界より』のドボルザークではないかと思います。もちろん、ヤナーチェクも十分に有名なのですが、どうしても先の2人がまず思い出されるのではないでしょうか。

 ちなみにチェコ音楽の父とされるスメタナチェコ語の話者ではありませんでした。プラハはご存知の通り、ウィーンよりも西に在り、神聖ローマ帝国の時代よりドイツ語圏の重要な一大文化圏でした。そんな中で、チェコ語を話す、チェコの作曲家の先駆けがドボルザークでした。そんなドボルザークと、モラヴィア語を話すヤナーチェクは、親友でした。時には話をしながら過ごし、時には黙って時間を共有するような、そんな間柄でした。ヤナーチェクは優れた指揮者でもあり、ドボルザークの曲を数多く取り上げていました。

 ドボルザークヤナーチェクはともに独特の民族性豊かな音楽を作曲しましたが、ドボルザークブラームスの下で学び、西ヨーロッパの影響を色濃く受けた伝統的な作風でもありました。一方、ヤナ―チェクは、原スラブともいえるような、スラブ的な音楽を追求した、そして時に理解され難いほど新しい音楽を作曲する、全く異なるタイプの作曲家でした。そんな二人が親友であったのは、お互いに無いものを認め合っていたからでしょう。二人の友情と関係を私は素晴らしいものに感じますし、またこの関係がなければ、切磋琢磨してお互いが名曲の数々を作り上げることはできなかっただろうと思います。 

 弦楽のための組曲

  『弦楽のための牧歌』と対をなすこの曲ですが、ドボルザークの『弦楽セレナーデ』に当たる曲だと思ってくださればよいと思います。6曲からなるこの曲は、ヤナーチェクの初期作品の一つです。私はとりわけ第5曲のアダージョが好きです。第4曲のスケルツオ楽章が終わると、低弦の合奏が動き始め、その上に、言葉に尽くせないような美しく優しいメロディーが重なっていきます。効果的な第5曲目のアダージョです。そして最終曲の第6曲がドラマチックに展開して全曲を終えるのです。わずか20分程度の短い曲ですが、この曲にはヤナーチェックの魅力が詰まっています。とりわけロマンティックな一面が。ヤナーチェクの他の曲を取っ付き難いと考えている方にも、是非、先入見なしに聴いていただきたい一曲です。 

その他の曲を少し:シンフォニエッタ

 代表作『シンフォニエッタ』はタイトル通りであれば、小規模な交響曲(シンフォニー)ですが、なかなか堂々たるものです。この作品の各楽章には表題がつけられています。最終楽章の表題「市役所」というのはモラヴィアの州都ブルノの市役所のことです。この市役所の天井にはワニの剥製が吊り下げられているのですが、これは昔、ヨーロッパにワニが珍しく(基本的にはいないけれども、ワニは行動範囲がとても広く、海を渡ることさえあります)、ワニをドラゴンと間違えて退治したというお話に基づきます。そんな市役所が曲のクライマックスの部分を占めているのです。ヤナーチェクの独特のセンスと、少しお茶目なところが大好きです。

カミラの存在

  弦楽四重奏曲2番『ないしょの手紙』もとても有名な曲です。英語表記ですと副題は intimate letters となり、複数形ですから「ないしょの」というのは手紙の内容ではなく、数々の手紙のやりとりという、その関係性のことを指しての意訳と思われます。この700通に及ぶ手紙のやり取りは、40才年下の人妻カミラとのものでした。シンフォニエッタも彼女から霊感を受けて書かれたと言われています。ヤナーチェクはカミラの息子が森に迷い込んだと勘違いして森に入り、それがもとで肺炎を患い、亡くなっています。良くも悪くも、ヤナ―チェクに大きな影響を与えた人物であり、またヤナーチェクにとってなくてはならない女性であったようです。

『弦楽のための組曲』のお勧めの演奏 

①ズデニェク・コシュラーZdeněk Košler 指揮 スロバキアフィルハーモニック管弦楽団 盤   

 BRILIANT CLASSICS

 ノイマンの下でチェコフィルの副指揮者をつとめたズデニェク・コシュラー(1928-1995)がスロバキアフィルをふった名演奏。日本でもとても人気の高かったコシュラーですが、なぜかポストには恵まれず、それ故に、スロバキアフィルやプラハ響との関係も良好で、素晴らしい共演が残っているのは、マニアにはかえって喜ばしいことです。ノイマンと比較すると、人懐こさも感じるような、軽やかさもある演奏をする指揮者ですが、プロコフィエフ交響曲6番、7番は一度聴くと忘れられない名演で、この指揮者の実力の高さを示しています。そして、このヤナーチェクの『弦楽のための組曲』は、冒頭から、ちょっと無いくらい美しいく、終始聴き惚れてしまいます。まず、聴いていただきたい演奏です。

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コシュラー スロバキアフィル盤

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コシュラー スロバキアフィル盤

フランティシェク・イーレクFrantišek Jílek指揮 ブルノフィルハーモニー管弦楽団 盤

 1991 SUPRAPHON

 モラヴィア出身のフランティシェク・イーレク(1913-1993)はブルノフィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者として長く楽団を率いました。モラヴィア、ブルノはヤナーチェクのホームグランドですから、当然のことながら、その演奏は、ヤナーチェクへの尊敬と、楽曲への愛情にあふれたものです。チェコフィルほどの凄さは感じないかもしれませんが、木の香りがするようで、素朴でありながら、ヤナーチェクの魅力を余すところなく引き出した、素晴らしい演奏です。

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イーレク ブルノフィル盤

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イーレク ブルノフィル盤

まとめ 

 ヤナーチェクという存在は、今後も続いていく音楽史の中で、褪せることなく輝き続けていくことでしょう。当時、あまり顧みられることのなかった自国の音楽を愛し、自然から霊感を受けて名曲を作曲しました。そういう意味では、今日ではバルトークの評価がとても高いです。私もバルトークは大好きです。しかし、その先駆けたるヤナーチェクはさらに魅力的です。ヤナーチェクはまた、後進のために、故郷、モラヴィアのブルノに音楽学校をつくります。ブルノ音楽院、現ヤナーチェク音楽院の前身です。プラハ音楽院と並ぶほどになったこの音楽院から、多くのモラヴィア出身の音楽家たちが世界に羽ばたいていくのでした。

 文化の中心にではなく、周辺に身を置くことは大変な苦労を伴うことであるかもしれません。しかし、そこから生まれるものはオリジナリティー溢れる、今まで見聞きしたことのないような、魅力的で価値のあるものである可能性を秘めています。そんな周辺の文化へと耳を傾けてみませんか?新しい世界がひらけるかもしれません。