音楽のように

ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その3

アーネスト・ジョン・モーラン  チェロとピアノのための前奏曲

「あなたのためにチェロ協奏曲を書いてもいいですか?許してくださるのでしたら、わたしの全てをかけて作曲します」

 1945年、51歳のモーランは40歳だった女流チェリスト、ピアーズ・コートモアにこのような手紙を送りました。

 はたして二人は結婚するのですが、幸せな時間はそう長くは続かず、桟橋から落下してモーランが死んでしまうまでほんの5年足らずの短い間でした。

 しかし、少なくともモーランにとってはこの束の間の時間が、彼の波乱万丈の人生のなかで、もっとも幸せで充実していたのだと私は考えています。

 

 アーネスト・ジョン・モーラン E.J.Moeran(1894-1950)はディーリアスやヴォーン=ウィリアムスなどに代表されるイギリス田園主義にカテゴライズされる作曲家です。スタンフォード、後にアイアランドに学びましたが、私はこの3人の作曲家が大好きです。ブラームスと親しかったスタンフォード、そしてイギリス印象主義に分類されてはいますが、それだけでは語ることのできないアイアランドに関してはまた後日、別の記事でとり上げたいと思います。

 

 モーランの生涯はまさに波乱万丈なものだったと言ってよいでしょう。

 スタンフォードのもとで学んでいたモーランは、第一次世界大戦に従軍して頭部に大けがを負ってしまいます。これが、後の精神疾患のもとになったとされています。帰国後、アイアランドのもとで学びますが、王立音楽院を卒業後、その類まれなる才能にもかかわらず、アルコール依存と精神疾患のためか、あまり評判の良くない仲間たちと放蕩な生活を送り続けます。それは極めて長期にわたるものでした。

 

 イギリスの交響曲を代表する曲の一つである高名な『交響曲ト短調』(1924-37)、『シンフォニエッタ』(1944)はモーランを代表する大曲でしょう。

 一方でモーランは、アイアランドから引き継ぐような形で、たくさんの抒情的で詩的な美しい小品を作曲しています。たとえばピアノ小品『アイリッシュ・ラブソング』のような。その背景には、故郷の酒場で収集したイギリス民謡の影響があると思われます。

チェロとピアノのための前奏曲

 1945年のチェリスト、ピアーズ・コートモアとの結婚はまた、モーランの代表作に数えられる『チェロ協奏曲』と『チェロ・ソナタイ短調』という傑作を生みだします。モーランにとってチェロは彼女の存在なしには考えられない楽器だったでしょう。そして結婚の前年1944年に作曲されたのが『チェロとピアノのための前奏曲』です。ピアーズのためにモーランが初めて作曲したチェロの曲で、非常に規模の小さい、単純な曲ですが、それはモーランの彼女への愛情と、彼の抒情的な小品群にみられるような詩情豊かな美しさとに満ち溢れています。

イギリス音楽普及の立役者 サー・エードリアン・ボールト

 イギリスを代表する指揮者とは誰でしょうか?ビーチャム?バルビローリ?最近ではラトル?

 私にとっては、圧倒的にサー・エードリアン・ボールト(1889-1983)です。ボールトはEMIでの数々の名曲の録音が知られていますが、その傍ら、リリタ(Lyrita)という小さなレーベル(素敵なレーベルです)で、非常に多くのイギリスものの録音を行っています。それらは非常にレベルの高い演奏で同時代の作曲家たちを強力にバックアップしたと思われます。その恩恵をモーランももちろん、受けているのです。

お薦めの演奏

①ピアーズ・コートモアPeers Coetmore(チェロ)エリック・パーキン(ピアノ)盤

 1972年  Lyrita

  モーランの妻にしてこの作品を献呈されたチェリスト、ピアーズ・コートモア自身による演奏。この演奏を聴く限り、ピアーズ・コートモアさんはこの曲を弾き込んでいたのではないか、決して閉まっていた引き出しからこの時だけ取り出したような演奏ではないと私には思われました。このCDのメインはチェロ協奏曲で、こちらはモーランの没後20周年を記念してボールトがロンドンフィルを振ったものです。モーランとその人間関係を知ることのできる貴重なCDだと思います。

 

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コートモア パーキン盤

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コートモア パーキン盤


まとめ

 モーランの死後、ピアーズは再婚してオーストラリアで後進の育成に努めます。モーランの死後すぐに再婚したためもあってか、モーランとピアーズとの結婚を必ずしも幸せなものではなかったとされることがありますが、私は長きにわたりアルコール依存や精神疾患に苦しんできたモーランが、人生の最後に掴んだ束の間の、安らかで幸せな生活だったのではないかと想像します。それは、上記に紹介しましたCDのジャケットの写真、イギリス的な荒涼とした大地を幸せそうに寄り添い歩く二人の姿を見れば明らかだと私には思われるのです。