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ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その5

アレクサンドル・アルチュニアン トランペット協奏曲変イ長調

 アルメニアという国名を聞くとどのようなイメージをもたれるでしょうか?旧ソビエト連邦の一国、コーカサス、歴史上初めてキリスト教を国教とした国、自然の美しい国、そしてアラム・ハチャトリアンを輩出した国といったことを連想されるのではないかと思います。

 

 アラム・ハチャトリアンはクラシック音楽を語るうえで欠くことのできない、極めて重要な作曲家の一人です。『剣の舞』をご存知の方は多いと思います。代表作の一つであるヴァイオリン協奏曲を聴いてみると、その民族性豊かな、個性あふれる音楽に魅了されます。ハチャトリアンの音楽を決定づけているのは、彼個人のもつ個性もありますが、何よりも彼の民族性、つまりアルメニアの民俗音楽なのです。彼と同郷の作曲家たち、例えば、今回取り上げるアルチュニアンや、ババジャニアン、バグダザリアンたち他のアルメニアの作曲家の曲を聴くと、その根底に同じものが流れていることがよく分かります。ある部分でとても似ているのです。

 それは具体的にはメリスマ唱法という、発語の一音に複数の高さの音を含み、揺らぐように奏でられる唱法に影響されたローカルな旋法にあります。知っていると「これはとてもアルメニア的だなあ」とうなることになります。

アルチュニアン トランペット協奏曲変イ長調

 アレクサンドル・アルチュニアン(1920-2012)のトランペット協奏曲も、メリスマ唱法からなるとても旋律的でアルメニア的な音楽です。休みなく続けて演奏されますが、三部で構成される協奏曲で、第一部は、イントロダクションとアレグロ楽章、そしてとても美しい第二部を挟んで、第三部はまたテンポの良い終楽章になっています。1950年に完成した比較的新しい曲ですが、ハイドン、フンメルとともに三大トランペット協奏曲として今やとても重要なトランペットのレパートリーとなっています。この曲の人気の理由は、何よりもトランペットの魅力を余すところなく引き出しているところ、つまり、メリスマ的な旋律、リズムがトランペットと抜群の相性で共鳴していること、そして比較的コンパクト(約14分ほどの演奏時間)であることと、そしてとても単純明快なことだと私は思います。きっと一度聴くと忘れられない曲なので、是非、多くの人に知ってもらいたい曲の一つです。

ソビエト連邦下の民族性

 ソビエト連邦における音楽、もしくは他の芸術を、画一的に上から統制されたものであるとするのは間違いであると私は思います。社会主義リアリズムというものは、どれも同じような画一的なものではなく、前衛的なものから保守的なものまでかなり幅のある、実はその定義が相当にいい加減なものなのです。

 悪名高いジダーノフ批判も、実際には作曲家たちの投票によりその批判の矛先とされる作曲家たちが決められ、プロコフィエフの第6交響曲がその例題にあげられました。

 また、例えば、ソビエト連邦支配下の音楽界のトップに君臨してた赤いベートーヴェンことフレンニコフは単純な美しい曲から、より前衛的な音列技法を用いた曲までを作曲し、規範を指し示しました。

 スターリン言語学が民族の多様性の保存を目的の一つとしたように、アルメニアをはじめ、特徴的にして多様な民族音楽ソビエト体制下で繁栄したことは特筆すべきことです。

 一つ興味深いお話として、アルメニアの音楽にふれておくと、アルメニアンポップスというものがあります。なんとなく演歌を思わせるような哀愁溢れるメロディーが特徴のポピュラー音楽です。アルチュニアンが活躍したアルメニアイスラム革命前のイランとトルコと国境を接しています。つまり、西側諸国のすぐお隣の国なのです。ソビエト連邦当局がいかにそれを拒もうとも、文化の流入を食い止めることは至難の業です。上記に触れたババジャニアンという作曲家は「ノクターン」という、ピアノとエレキギター、パーカッション、オーケストラのための曲を作曲しています。私は好きですが、なんだか歌謡曲のメロディーのようで、それを生真面目に演奏して、観客がとても喜んでいる様子が微笑ましくも感じられます。ババジャニアンにアルメニアンポップスの礎を聴きとることができます。

 つまり、ソビエト連邦では、各地で多くの民族の個性あふれる様々な音楽が花開き、聴かれたわけです。そこが大変、奥深く、そして面白いところです。

お薦めの演奏

①ティモフェイ・ドクシチェルTimofei Dokshitser(トランペット)ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー盤 ボリショイ劇場管弦楽団 1968 MARCOPHON

 ティモフェイ・ドクシチチェル(1921‐2005)による演奏。そもそもアルチュニアンがドクシチェルのために書いた曲というわけではなかったのですが、結果的にこの曲はドクシチェルに献呈されました。ソビエト連邦を代表するトランペット奏者の一人で、さすがに凄い演奏です。音色は少し影と潤いがあり美しいです。それが第二部の導入部ではこの上ない美しさを呈しています。他の追随を許さない、定番中の定番でしょう。

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ドクシチェル ロジェストヴェンスキー盤

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ドクシチェル ロジェストヴェンスキー盤

②モーリス・アンドレMaurice André(トランペット)モーリス・スーザン盤  

 フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団 1964 ERATO

 言わずと知れたフランスのトランペット奏者、モーリス・アンドレ1933-2012)による演奏。ドクシチェルは手に入りにくいCDですが、こちらは容易に入手可能です。ドクシチェルと異なり、からっとした明るい、突き抜けるようなトランペットで、こちらも情感豊かにこの曲の長所を十分に表現していると思います。お買い得6枚組CDで、モーリス・アンドレを堪能できます。

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モーリス・アンドレ スーザン盤

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モーリス・アンドレ スーザン盤


 まとめ

 トランペットという楽器はとても美しい音色を持つ楽器です。ですが、ジャズや吹奏楽と異なり、クラシック音楽では主役として協奏曲のソロを担うということはやや少ないと言えます。しかし、この曲と、その演奏を聴いていると、もっととり上げられて当然の楽器なのではないかと改めて思います。チェコフィルの首席トランペット奏者であったケイマルが吹いていたらどんな演奏だっただろうかと想像してしまいました。 

 そして、やはりアルメニアの音楽はとても面白いです。その層の厚さと特徴的で豊かな民族性はある意味でショパンの国ポーランドにも匹敵するのではないかと思います。ポーランドにいかにパデレフスキやシマノフスキがいようとも、やはりずば抜けて有名なのはショパンであるように、アルメニアにもアルチュニアンやババジャニアンがいようとも、ずば抜けて有名なのはハチャトリアンであることも似ています。両国の音楽に原型として根差しているのは、ショパンであり、ハチャトリアンなのです。そしてその大きな流れの中にアルチュニアンは巨星として輝いています。しかしアルメニアのような小さな国のどこにそのようなエネルギーがあるのでしょうか。旧ソビエト連邦の音楽の奥深さを感じさせます。