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ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その7

アントン・ルビンシュテイン ピアノ協奏曲第4番ニ短調 作品70

ロシアピアニズムの源流、ルビンシュテイン兄弟

 ロシアの音楽家といえば、ロシア音楽の父、グリンカチャイコフスキーバラキレフを中心としたロシア5人組、5人組解散後のRコルサコフを中心としたグループなどが有名です。これらの音楽家は、チャイコフスキーを除いて、民族色の強い、またそのような作風を意図した作曲家たちでした。その一方で、ヨーロッパの正統的なクラシック音楽をロシアに導入しようとした音楽家がいました。それがアントン・ルビンシュテインAnton Rubinstein1829-1894)とニコライ・ルビンシュテインNikolai Rubinstein1835-1881)のルビンシュテイン兄弟です。作曲家、ピアニスト、指揮者であった彼らはロシアにて、サンクトペテルブルク音楽院、モスクワ音楽院を設立します。両音楽院は、ロシア4大教師、ニコラエフ、ゴリデンヴェイゼル、イグムノフ、G・ネイガウスを擁し、まさにロシア・ピアニズムの中心となるのです。ヨーロッパの伝統的な音楽と、ロシア特有の民族音楽がまじりあい、ロシアの音楽は素晴らしい広がりをもって発展していくのでした。

ピアノ協奏曲第4番ニ短調 作品70

 現在、A・ルビンシュテインの曲を取り上げることは少ないです。そんな中では、比較的、演奏の機会が多いのが、ピアノ協奏曲第4ニ短調です。大変、美しい曲で、ロシアのピアノ協奏曲の中で、スクリャービンのものと並んで最も偉大な協奏曲なのではないかと私は考えています。ソナタ形式の第1楽章はとても情熱的、劇的です。しかし、どこか涼しげな色を感じるのはロシアの曲だからでしょうか。第2楽章は三部形式です。遠くから聴こえてくるかのように始まります。非常に美しいメロディーが、ドラマチックなトリオを挟みます。第3楽章はロンドによるフィナーレです。私はやはり第二楽章が好きです。北国の空気のつめたさとコントラストをなすような人の心の温かさ。その心の動きが見えるような気がするのです。そんな優しいメロディーラインについ聴き惚れてしまいます。

二人のピアニスト、レヴァントとギンズブルク

 とりあげられることの少ないA・ルビンシュテインの第4ピアノ協奏曲ですが、早い時期にレコーディングをした二人のピアニストがいました。アメリカのピアニスト、オスカー・レヴァントソ連のピアニスト、グリゴリー・ギンズブルクです。この二人はほぼ同じころの生まれになります(ギンズブルク1904年と、レヴァント1906年)

 今では、オスカー・レヴァントはピアニストとしてよりも、役者、コメディアンとしての方が有名です。ですが、ピアニストとしてもとても才能がありました。ガーシュインの親友であり、共演者にはミトロプーロスオーマンディーなど、当時の超一流の指揮者が名を連ねました。生粋のアメリカ人として初めての、そして破格の名声だったといえます。

 一方、ソ連ではグリゴリー・ギンズブルクが少なくとも2回、この曲のレコーディングを行っています。ギンズブルクにとってはお国ものでもありますが、2回も録音していることから、その思い入れの深さがうかがえます。ギンズブルクは、ロシアの4大教師の一人、ゴリデンヴェイゼルの愛弟子であり、秘蔵っ子でした。リストをはじめ、ロマン派を得意とする、ソ連でもとても人気のあるピアニストでした。不幸なことに、ゴリデンヴェイゼルよりも先に亡くなってしまいます。ショックが大きかったのでしょう、ギンズブルクの死の数日後、失意のうちにゴリデンヴェイゼルは後を追うように他界しました。

 そんな二人のピアニストの演奏を、今でもCDで聴くことができます。

 オスカー・レヴァントの演奏は、ミトロプーロスとの共演ですが、ピアノもオーケストラも表現意欲の高い演奏です。それは消えてしまいそうなくらいのピアニシモや、後ろ髪を引くような指の抜き方などに表れていますが、決して不自然ではなく、核心をついた、必然性のある演奏で、一聴の価値のあるものです。その核心をとらえる力と、表現力の豊かさは、役者もこなす彼ならではのものかもしれません。

 一方、ギンズブルクの演奏は、レヴァントよりもずっと素朴なものと言えるでしょう。ですが、彼の場合、普通に弾いたとしても、滲みだすような表現の豊かさがあります。こちらも説得力のある、自然な演奏で、素晴らしいものです。

 お勧めの演奏

オスカー・レヴァントOscar Levant ディミトリ・ミトロプーロス

 ニューヨークフィルハーモニック 1952 Sony Classical

 オスカー・レヴァント(1906-1972)による演奏。CDは資料も充実した8枚組セットで現行盤(2019.11現在)です。『ラプディー・イン・ブルー~オスカー・レヴァントの素晴らしき生涯』というタイトルで限定販売です。これは一生の宝物となるはずなので、入手できるうちにしておくことをお勧めします。今後、プレミアがつくこと必至です。しかし、何よりも演奏がとても素晴らしいです。ガーシュインとの関係で知られたピアニストですが、そのレパートリーは多岐にわたっています。上記に述べたようにA・ルビンシュテインのピアノ協奏曲も、表現意欲にあふれた素晴らしいものです。麻薬とアルコールのために晩年は楽壇から離れてひっそりと過ごしました。しかし、そのことさえも、彼が、器用ではなく、本物の芸術家として生きたことを裏付けているような気がします。ミトロプーロスはさすがの指揮です。ニューヨーク・フィルとえ言えば、私の中ではミトロプーロスです。

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レヴァント ミトロプーロス

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レヴァント ミトロプーロス

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レヴァント ミトロプーロス

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レヴァント ミトロプーロス

②グリゴリー・ギンズブルクGrigory Ginzburg A・シェレシェフスキー盤 

 ロシア国立交響楽団 1951 MELODIA  

 グリゴリー・ギンズブルク(1904-1961)による演奏。ギンズブルクは数多くいるロシアのピアニストの中でもとても好きなピアニストの一人です。師であるゴリデンヴェイゼルは偉大過ぎますが、彼にずっと守られて(ゴリデンヴェイゼルは政治的手腕も凄い人でした、チェスの名手でもありました)、それだからこそ、あの伸び伸びとした、純粋な表現が可能だったのでしょう。師とは対照的に、残された写真の、少しはにかんだような、屈託のない笑顔がそれを裏付けているような気がします。ギンズブルクのピアノは、しかしながら、もちろん、ロシアピアニズムの中に輝く一流のものです。美しいタッチと華麗なテクニックは当時の聴衆を夢中にしました。そんな彼の奏でるA・ルビンシュテインは、ロシアの大地を感じさせるような大きさと、土の香りがするような素朴さが共存する、極上の演奏です。

 

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ギンズブルク A・シェレシェフスキー盤

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ギンズブルク A・シェレシェフスキー盤

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ギンズブルク

まとめ

 ロシア・ピアニズムの源流ともいえるピアノ協奏曲と、とても対照的な二人のピアニストについて述べてきました。ほぼ同時代を、アメリカとソ連という別世界で過ごした二人のピアニストは、何を思ってこの曲に臨んだのでしょうか。とりわけ、アメリカでこの曲を大々的に取り上げたレヴァントの想いはどのようなものだったのでしょうか(レヴァントは他に、ハチャトリアンやプロコフィエフショスタコーヴィッチなどソ連産の音楽をとりあげています)他にも、ショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲第1番のアメリカ初演などを果たし、米ソの交流において重要な役割を果たしたユージン・リストや、プロコフィエフが世界的な名声をすでに得ていたとはいえ、プロコフィエフのピアノ協奏曲を世界で初めて全曲、レコーディングしたジョン・ブラウニングなど、アメリカにはソ連産の音楽をとりあげる演奏家がたくさん存在しました。政治的な立場を超えて、もしくはそれを乗り越えるために、音楽の本質をとらえて悪いものとせず、心から曲を愛して、勇気をもって演奏にのぞむこと、それはとても尊い行為に思います。音楽に国境はなく、彼らこそ本当の国際人だといえるのではないでしょうか。