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ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その8

スタンフォード 交響曲第6番 変ホ長調 作品94

忘れられていた作曲家 スタンフォード 

 サー・チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードSir Charls Villiers Stanford(1852-1924)という作曲家・指揮者・教師がいました。北アイルランド出身のこの人物は、ブラームスの熱心な支持者であったほか、非常に優れた教師として知られています。弟子にはホルストヴォーン・ウィリアムズ、アイアランド、ブリッジ、ブリスなど、英国の誇る名だたる作曲家が名を連ねます。

 しかし、実際には作曲家としても非常に優れていて、私はもっと再評価されてよいと思っています。

 スタンフォードが活躍した同時代の作曲家には、エルガーとパリーがおり、この二人と並んで、イギリス音楽の礎を確固たるものにした立役者でもあります。

 彼の作品は多岐にわたり、エルガーが作曲しなかったピアノ協奏曲の分野ではとりわけ優れた作品を残していますし、7つの交響曲や、合唱曲の数々、オペラなどなど、ほぼ全ての分野で作曲をしました。ブラームスの影響を色濃く受けていますが、その作風は、彼の弟子たちに代表されるイギリス田園主義音楽に通じるものです。派手さはありませんが、非常に美しい音楽でした。

 では、なぜ、スタンフォードは作曲家としては忘れられていたのでしょうか?

 一つには、彼の弟子たちが極めて優れていたことが挙げられます。それは言い換えれば、教師としてのスタンフォードの力量が優れていたとも言えるでしょう。音楽に限らず、優れた先生というのは、自分よりも優れた弟子を育てるものです。それは、歴史上に燦然と輝くピアニストであり名教師であった、アルフレット・コルトーや、ゲンリヒ・ネイガウス、アルトゥール・シュナーベルなどの例を見れば明らかです(少なくとも、彼らよりも弟子たちの演奏の方が現代ではよく聴かれています)スタンフォードはそんな名教師の一人でした。だから、彼の弟子たちの名声の中に埋もれていったのでしょう。

 もう一つ考えられる要因としては、イギリス音楽普及の立役者にして最大の指揮者、サー・エードリアン・ボールトが、おそらく意図的にスタンフォードをあまり取り上げなかったことでしょう。晩年、スタンフォードエルガーとの間に確執をかかえていました。ボールトはエルガーの親しい友人でしたし、ボールトがスタンフォード作品の魅力に気付かないはずもないので、おそらく意図的に無視したものと推測されます。

再評価への試み、ハンドリーの功績

 1980年代あたりから、スタンフォードの作品群を全て取り上げ、全集を録音した指揮者がいました。バーノン・ハンドリーです。スタンフォードと同郷の北アイルランド出身のこの指揮者は、ボールトの弟子でした。

 以前の記事でも述べましたが、ボールトはイギリス音楽を世界に知らしめた立役者でありました。

 そんな側面を受け継いだのが、このハンドリーです。ハンドリーは同時代を含め、自国のイギリス音楽を積極的に取り上げ、録音していきました。この功績はとても素晴らしいものですが、彼にサーの称号がつかないのは、彼が北アイルランド出身だったからかもしれません。同郷のスタンフォードへの思い入れもさぞ強かったでしょう。

 私が素晴らしいと思うのは、ハンドリーが、師であるボールトの取り上げなかった作品を、あえて取り上げ、イギリス音楽普及への職責をしっかり果たしたということです。

 この関係は、ドイツにおけるアーベントロートと、サバリッシュの関係に似ています。ユダヤ人であるメンデルスゾーンの作品を取り上げなかったアーベントロートの代わりに、後年、サバリッシュはメンデルスゾーンのすべての楽譜の校訂を果たしました。アーベントロートナチスドイツ協力のために、今では大の嫌われ者ですが、もちろん、優れた指揮者・研究者であり、そんなアーベントロートをサバリッシュは「ドイツの良心」と呼んだのです。ナチスドイツの犯した罪は大変なことであり、許されることではありませんが、ただ言われるがままに「善玉フルトヴェングラー、悪玉クラウス」と決めつけてしまうにはあまりにナイーヴで、実際にはそんな単純な話ではなく、アーベントロートにも同じことがいえると思うのです。

 話が少しそれましたが、師が敬遠していたスタンフォードをハンドリーが取り上げ、本格的な演奏で全集を作り上げたことは、スタンフォードの再評価への大きな一歩であったことは間違いありません。

交響曲第6番 変ホ長調 作品94 G・F・ワッツの偉業を称えて

 スタンフォードの代表作の一つ。当時、有名であった画家GF・ワッツの死をきっかけに、画家の作品を題材に作曲されました。愛と死が主題になっており、愛のテーマと死のテーマが曲中に現れます。私はとりわけ三部形式をとる緩徐楽章が最も好きです。愛のテーマが第一主題ですが、それに続く中間部(トリオ)の旋律がとても美しく、スタンフォード作品のなかでも最も優れたメロディーなのではないかと思います。曲全体は、スタンフォードらしく派手さのないものですし、影響を色濃く受けたというブラームスともまた違うものです。私が感じたのは、この素朴ともいえる作風が、後の弟子たちに受け継がれていったのだなとよくわかることと、エルガーに比べても、何ら劣っているところはないということです。是非、聴いてみていただきたい一曲です。

お勧めの演奏

①バーノン・ハンドリーVernon Handley指揮 アルスター交響楽団 盤

 1988 Chandos

 バーノン・ハンドリー(1930-2008)が北アイルランドに所在する唯一のプロのオーケストラ、アルスター交響楽団を指揮した演奏。ボールトの弟子の中でも最も芸風がボールトに近いと私には思われ、それ故に、ボールトが振らなかった作品をハンドリーが演奏したことは意義深いと思います。実力派の指揮者で、本格的な演奏です。ハンドリーになぜ、サーがつかないのか不思議でなりません。

 スケールの大きな巨匠の演奏ですが、抑制が効いており、決してスペクタクルにはなりません。これは非常に重要なことで、演奏に品位をあたえます。奇をてらわず、自然でいて、独特のニュアンスに富んでいる。一聴の価値ある演奏です。

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ハンドリー アルスター交響楽団

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ハンドリー アルスター交響楽団

まとめ

 今回はイギリス音楽界の名教師、スタンフォードについてとりあげました。スタンフォードは本当に名教師で、その弟子には私の大好きなアイアランドや、モーランも含まれます(モーランは大戦後アイアランドに師事します)、以前にも述べましたが、私はこの3人の師弟関係のラインが好きです。

 モーランも、アイアランドも、そしてスタンフォードも、人間として生きていく上でたくさんの悩みを抱えていました。きっとそんな悩みに、師弟は寄り添ったのでしょう。そして作曲が、ある時は推進力となり、またある時は癒しとなったでしょう。創作とはそのようなものだと思います。何といっても3人に共通しているのは、真面目で融通が利かず、生き方が必ずしも上手くないということです。スタンフォードをはじめ、この3人は、エルガーやヴォーン・ウイリアムズ、ホルストブリテンなどに比べて有名とは言えません。それは決して作品が劣っているからではなく、あくまで時代や状況が作り出した、言わば運命のいたずらによるものです。そんな彼らの作品が正当に評価され、もっともっと日の光が当たることを心より望みます。