音楽のように

ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その9

レオシュ・ヤナーチェク 弦楽のための組曲 

ヤナーチェクの音楽

  『シンフォニエッタ』『ないしょの手紙』『利口な女狐の物語』など、数々の名曲を作曲し、その名を音楽史に刻んだのはレオシュ・ヤナーチェクLeoš Janáček1854-1928)です。現在もチェコに含まれるモラヴィアの出身で、ときにモラヴィアの民族色豊かな民謡を題材に作曲し、人々の話す言葉の抑揚をもとに旋律をつくり(発話旋律)、また動物の鳴き声など自然の音から音楽を作り出しました。音楽の題材の採集の方法は、実際に自分の脚をつかって地方を取材するというもので、これは民族音楽の採集、そしてそれによる音楽の刷新という二点において、後年のバルトークを先取りしたものと言えるでしょう。

 チェコの音楽というと、まず思いつくのは、『モルダウ』のスメタナと、『新世界より』のドボルザークではないかと思います。もちろん、ヤナーチェクも十分に有名なのですが、どうしても先の2人がまず思い出されるのではないでしょうか。

 ちなみにチェコ音楽の父とされるスメタナチェコ語の話者ではありませんでした。プラハはご存知の通り、ウィーンよりも西に在り、神聖ローマ帝国の時代よりドイツ語圏の重要な一大文化圏でした。そんな中で、チェコ語を話す、チェコの作曲家の先駆けがドボルザークでした。そんなドボルザークと、モラヴィア語を話すヤナーチェクは、親友でした。時には話をしながら過ごし、時には黙って時間を共有するような、そんな間柄でした。ヤナーチェクは優れた指揮者でもあり、ドボルザークの曲を数多く取り上げていました。

 ドボルザークヤナーチェクはともに独特の民族性豊かな音楽を作曲しましたが、ドボルザークブラームスの下で学び、西ヨーロッパの影響を色濃く受けた伝統的な作風でもありました。一方、ヤナ―チェクは、原スラブともいえるような、スラブ的な音楽を追求した、そして時に理解され難いほど新しい音楽を作曲する、全く異なるタイプの作曲家でした。そんな二人が親友であったのは、お互いに無いものを認め合っていたからでしょう。二人の友情と関係を私は素晴らしいものに感じますし、またこの関係がなければ、切磋琢磨してお互いが名曲の数々を作り上げることはできなかっただろうと思います。 

 弦楽のための組曲

  『弦楽のための牧歌』と対をなすこの曲ですが、ドボルザークの『弦楽セレナーデ』に当たる曲だと思ってくださればよいと思います。6曲からなるこの曲は、ヤナーチェクの初期作品の一つです。私はとりわけ第5曲のアダージョが好きです。第4曲のスケルツオ楽章が終わると、低弦の合奏が動き始め、その上に、言葉に尽くせないような美しく優しいメロディーが重なっていきます。効果的な第5曲目のアダージョです。そして最終曲の第6曲がドラマチックに展開して全曲を終えるのです。わずか20分程度の短い曲ですが、この曲にはヤナーチェックの魅力が詰まっています。とりわけロマンティックな一面が。ヤナーチェクの他の曲を取っ付き難いと考えている方にも、是非、先入見なしに聴いていただきたい一曲です。 

その他の曲を少し:シンフォニエッタ

 代表作『シンフォニエッタ』はタイトル通りであれば、小規模な交響曲(シンフォニー)ですが、なかなか堂々たるものです。この作品の各楽章には表題がつけられています。最終楽章の表題「市役所」というのはモラヴィアの州都ブルノの市役所のことです。この市役所の天井にはワニの剥製が吊り下げられているのですが、これは昔、ヨーロッパにワニが珍しく(基本的にはいないけれども、ワニは行動範囲がとても広く、海を渡ることさえあります)、ワニをドラゴンと間違えて退治したというお話に基づきます。そんな市役所が曲のクライマックスの部分を占めているのです。ヤナーチェクの独特のセンスと、少しお茶目なところが大好きです。

カミラの存在

  弦楽四重奏曲2番『ないしょの手紙』もとても有名な曲です。英語表記ですと副題は intimate letters となり、複数形ですから「ないしょの」というのは手紙の内容ではなく、数々の手紙のやりとりという、その関係性のことを指しての意訳と思われます。この700通に及ぶ手紙のやり取りは、40才年下の人妻カミラとのものでした。シンフォニエッタも彼女から霊感を受けて書かれたと言われています。ヤナーチェクはカミラの息子が森に迷い込んだと勘違いして森に入り、それがもとで肺炎を患い、亡くなっています。良くも悪くも、ヤナ―チェクに大きな影響を与えた人物であり、またヤナーチェクにとってなくてはならない女性であったようです。

『弦楽のための組曲』のお勧めの演奏 

①ズデニェク・コシュラーZdeněk Košler 指揮 スロバキアフィルハーモニック管弦楽団 盤   

 BRILIANT CLASSICS

 ノイマンの下でチェコフィルの副指揮者をつとめたズデニェク・コシュラー(1928-1995)がスロバキアフィルをふった名演奏。日本でもとても人気の高かったコシュラーですが、なぜかポストには恵まれず、それ故に、スロバキアフィルやプラハ響との関係も良好で、素晴らしい共演が残っているのは、マニアにはかえって喜ばしいことです。ノイマンと比較すると、人懐こさも感じるような、軽やかさもある演奏をする指揮者ですが、プロコフィエフ交響曲6番、7番は一度聴くと忘れられない名演で、この指揮者の実力の高さを示しています。そして、このヤナーチェクの『弦楽のための組曲』は、冒頭から、ちょっと無いくらい美しいく、終始聴き惚れてしまいます。まず、聴いていただきたい演奏です。

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コシュラー スロバキアフィル盤

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コシュラー スロバキアフィル盤

フランティシェク・イーレクFrantišek Jílek指揮 ブルノフィルハーモニー管弦楽団 盤

 1991 SUPRAPHON

 モラヴィア出身のフランティシェク・イーレク(1913-1993)はブルノフィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者として長く楽団を率いました。モラヴィア、ブルノはヤナーチェクのホームグランドですから、当然のことながら、その演奏は、ヤナーチェクへの尊敬と、楽曲への愛情にあふれたものです。チェコフィルほどの凄さは感じないかもしれませんが、木の香りがするようで、素朴でありながら、ヤナーチェクの魅力を余すところなく引き出した、素晴らしい演奏です。

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イーレク ブルノフィル盤

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イーレク ブルノフィル盤

まとめ 

 ヤナーチェクという存在は、今後も続いていく音楽史の中で、褪せることなく輝き続けていくことでしょう。当時、あまり顧みられることのなかった自国の音楽を愛し、自然から霊感を受けて名曲を作曲しました。そういう意味では、今日ではバルトークの評価がとても高いです。私もバルトークは大好きです。しかし、その先駆けたるヤナーチェクはさらに魅力的です。ヤナーチェクはまた、後進のために、故郷、モラヴィアのブルノに音楽学校をつくります。ブルノ音楽院、現ヤナーチェク音楽院の前身です。プラハ音楽院と並ぶほどになったこの音楽院から、多くのモラヴィア出身の音楽家たちが世界に羽ばたいていくのでした。

 文化の中心にではなく、周辺に身を置くことは大変な苦労を伴うことであるかもしれません。しかし、そこから生まれるものはオリジナリティー溢れる、今まで見聞きしたことのないような、魅力的で価値のあるものである可能性を秘めています。そんな周辺の文化へと耳を傾けてみませんか?新しい世界がひらけるかもしれません。