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ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その11

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ 『揚げ雲雀』

イギリス田園主義の作曲家

 ヴォーン・ウィリアムズVaughan Williams1872-1958)はイギリス田園主義を代表する作曲家の一人です。裕福で教養のある家系に生まれた彼は王立音楽院に進学してスタンフォードの下で作曲を学びました。以前とりあげたスタンフォードの弟子ということになります。遅咲きだった彼ですが、9つの交響曲と、協奏曲、管弦楽曲吹奏楽曲などに、多くの傑作を残しています。

 ヴォーン・ウィリアムズの大きな功績のひとつは、民謡などイギリスの日常生活に根差した音楽の採集と保存でした。『グリーンスリーヴスによる幻想曲』はその成果の一つとして生まれたものです。

 当時、イギリスでは民謡を五線譜に移す作業が進んでいました。しかし、本来、民謡には長調短調も、小節も存在しません。ヴォーン・ウィリアムズは、口承による伝承が廃れてしまうことを危惧し、自らそれらを採集、保存したのでした。

 ではイギリス田園主義とはどのようなものなのでしょうか?

 ご存知の通り、イギリスは産業革命発祥の地。環境汚染や、そこまでいかなくとも、景観の破壊など、自然にかかわるいろいろな問題が生じました。それを背景に、イギリス田園主義音楽が生まれます。工業化、都市化へのアンチテーゼとして、地方の田舎を起点としたイギリス田園主義では、それに先駆けて、他国でヤナーチェクなどの民族主義音楽のような流れができる中、先進国ならではのもの、失われた、失われつつある自然への憧憬のようなものから、ある種、理想化された自然が題材になっています。ヴォーン・ウィリアムズはその流れを代表する作曲家の一人でした。そういう意味からも、イギリス田園主義音楽は理想主義、空想的社会主義などとも結びつきやすく、ヴォーン・ウィリアムズにもその傾向がみられます。

『揚げ雲雀』“The Lark Ascending”

 ヴォーン・ウィリアムズの作品の中でも人気のある曲です。ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンス、『揚げ雲雀』は、そのピアノ伴奏版が1914年に作曲されました。ヴォーン・ウィリアムズはこの年、第一次世界大戦に従軍したため、オーケストラ版は大戦後に完成し、1921年、サー・エードリアン・ボールトの指揮により初演されています。文明のもたらす極限の状態である戦争を背景にこのような田園主義の音楽ができたのは象徴的なことに思われます。

 揚げ雲雀は、春、ヒバリが空高く舞い上がりさえずる様子をあらわす表現です。春の訪れを示す季語でもあります。ヴォーン・ウィリアムズは同国の作家であるジョージ・メレディスの詩『揚げ雲雀』に触発されてこの曲を書きました。ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンスという副題がついているように、この曲はヴァイオリン協奏曲のような性格をもっています。しかし、ヴァイオリン独奏はヴィルティオーゾ的な活躍を見せるのではありません。つつましやかなソロの感じがとても心地よく、オーケストラが周囲の自然を、そしてヴァイオリンが自然のなかを舞い上がる一羽のヒバリを表現しているように感じられます。

 15分強ほどの曲ですが、この曲を聴いていると、自分がヒバリになって英国のなだらかな丘陵や、切り立った岸壁の、その上にひろがる高い空を飛翔していくような、そんな感覚をおぼえます。初めてこの曲を聴く人も、この曲のタイトルを知ると「ああ、なるほど」と納得するような、そんな曲ではないでしょうか。

お勧めの演奏

①サー・エードリアン・ボールトSir Adrian Boult指揮 ニューフィルハーモニア管弦楽団 盤 1967 WARNER CLASSICS

 イギリス音楽界の重鎮にして、立役者、サー・エードリアン・ボールト(1889-1983)の演奏です。この『揚げ雲雀』の初演も、ボールトが行っています。さすがボールトと思わせるような、男性的な演奏です。水の流れるような、きわめて自然な音楽作りです。

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ボールト ニューフィルハーモニア管 盤

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ボールト ニューフィルハーモニア管 盤

②ヴァーノン・ハンドリーVernon Handley指揮 ロンドンフィルハーモニー管弦楽団 盤 1985 WARNER CLASSICS

 ボールトの後継者のようなハンドリー(1930-2008)が、古式ゆたかなオーケストラ、ロンドンフィルを指揮した演奏。田園的な落ち着いた演奏ですが、たっぷりとした歌に満ちています。しかししまっていて男性的です。まるで野を流れる清流のように、作為的なところのない、素晴らしい硬派な演奏です。

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ハンドリー ロンドンフィル 盤

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ハンドリー ロンドンフィル 盤

③ブライデン・トムソンBryden Thomson指揮 ロンドン交響楽団 盤 1987 Chandos

 ボールト、ハンドリーが同じ傾向の演奏であるのに対して、ヴォーン・ウィリアムズの民謡性のなかのケルト的な要素、悠久の時間や、自然の風土、フィヨルドを想起させるような、彫りのふかい演奏です。ひろがりがあり、深々としています。トムソン(1928-1991)の指揮活動の場は、どちらかというと英国の中心地ではなく、ケルト的な地方を主な舞台としていました。才能あふれる彼でしたが、アルコール依存症で、63歳の若さで亡くなってしまったことが悔やまれます。是非、一度、聴いていただきたい、お気に入りの演奏です。

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トムソン ロンドン響 盤

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トムソン ロンドン響 盤

まとめ

 ヴォーン・ウィリアムズは平和と平等を愛した、理想主義的なところのある人物でした。ロンドンにあふれる浮浪者を描写している部分のある曲(交響曲2番)や、戦争の悲惨さを表現した戦争交響曲交響曲456番)など、社会性のある曲を多く作曲しています。ですが、なぜでしょうか、悲惨な状況を描写する部分がありながらも、ヴォーン・ウィリアムズの作品の多くには、優しさ、美しさが溢れているのです。それはヴォーン・ウィリアムズが、社会の暗部を描写しながら、平和で平等な、美しい世界への憧憬を持ち続けたからではないでしょうか。『揚げ雲雀』も同様に憧れにみちた作品です。彼の人柄、スタンスを象徴する一つの出来事に、著作権敵国条項を望まず、放棄したというエピソードがあります。ヴォーン・ウィリアムズの曲を聴いていると、音楽は偽らないものだと感じます。彼の音楽の美しさは、理想に燃える彼の行動や姿勢を、互いに裏付け、響きあうことで成り立っているのです。