音楽のように

ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その12

エフゲニー・スヴェトラーノフ 『詩曲』

3つの顔を持つ音楽家 スヴェトラーノフ

 エフゲニー・スヴェトラーノフYevgeny Fyodorovich Svetlanov1928-2002)はロシア(旧ソビエト連邦)を代表する指揮者の一人です。赤い扇風機を常に譜面台に取り付けて演奏するそのスタイルから、彼がいかに母国、ソビエトを愛し、忠誠を誓っていたかをうかがいしることができます。旧ソビエト連邦共和国は、もちろん、共産主義の国家であり、そのシンボルカラーは赤色です。彼の他にも、たとえばピアニストのヤコフ・フリエールは真っ赤なスタインウェイを愛用していたりなど、ソビエト体制下で音楽家は様々なかたちでその思想を表明、表現していました。

 このように体制派とも言える立場にいたスヴェトラーノフですが、ソビエトの音楽、ロシアの周辺諸国の音楽、または永世中立国であるスウェーデンの音楽などを世界に周知するという仕事において、極めて重要な役割を果たしました。彼は非常に多くの作曲家の、数々の隠れた名曲を演奏、録音していったのです。彼は一流の指揮者として知られています。

 

 しかし、彼の音楽家としての顔は、指揮者としてのものだけではありませんでした。彼は自分を、第一に作曲家として、第二にピアニストとして位置付けていました。指揮者としては三番目に位置付けていたのです。今回、とりあげる『詩曲』は、彼が作曲家としていかに優れていたかを、十分に物語ってくれる名曲です。他にも『赤いゲルターローズ』やピアノ協奏曲などの名曲を作曲しています。

 

 スヴェトラーノフはまた、ピアニストとしても優れた演奏を残してくれており、CDなどの音源で聴くことができます。ロシア四大教師の一人、ゲンリヒ・ネイガウスの門下であり、ネイガウスの息子で素晴らしいピアニスト、スタニスラフ・ネイガウスと親しかったといいます。ラフマニノフなどに優れた演奏を残しました。それらを聴くと、指揮者や作曲家が、ただ「ピアノも弾けます」というのとは全く異なる次元の演奏であることがわかります。ロシアピアニズムの系譜に連なる、第一級のピアニストだったのです。

 

 スヴェトラーノフという音楽家をとらえるとき、第一に指揮者であったとしてでなく、第一に作曲家であったとしてとらえた方が、その全貌を正確に把握できるのではないかと私は考えています。まず、彼の自作の曲は、とてもロマンテックです。このことは、彼のピアノ演奏、そして指揮にも表れています。 そして、次にあげられるのは、彼の演奏が基本的には非常にインテンポなものであることです。爆音であるとか、激しいとか、そういうことがクローズアップされがちですが、彼の音楽の根底には、大きく揺らぐことのない、とうとうたるインテンポの律動が一貫しています。スヴェトラーノフは本当に膨大な量の作品を演奏してきましたが、私の聴く限り、いい加減な演奏は一つもなく、全てが一球入魂のものです。非常に考えられたテンポをとっています。これは、スヴェトラーノフが、作曲家として、いかにテンポを大事にしていたかということを裏付けることでもあります。作曲家としてのこだわりであり、曲を作った作曲家への敬意の表れでもあるのでしょう。

 そして、一方、自分をロシアの作曲家の系譜に位置付けるということは、大胆な行為であり、また、とても大きな使命を背負うことでもあります。バラキレフやリムスキー=コルサコフ、チャイコフスキーなどの系譜に連なることになるわけですから。自らを第一に作曲家であるとすることは、スヴェトラーノフの、全てを音楽に捧げるという決意の表れだったのではないでしょうか。いずれにせよ、彼が作曲家、ピアニスト、指揮者という3つの側面、その全てにおいて一流であった、稀有な音楽家だったことは間違いありません。

『詩曲』

 『ヴァイオリンとオーケストラのための詩曲』は、旧ソ連の誇る大ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフの追悼のために作曲されました。

 『詩曲』といえば、まず思いつくのはショーソンの『詩曲』だと思います。ヴァイオリン独奏とオーケストラのために書かれたものですが、一般的なヴァイオリン協奏曲と異なり、単一楽章で、交響詩的な性格も持っています。以前とりあげた、ヴォーン=ウィリアムズの『揚げ雲雀』も似たようなものです。スヴェトラーノフの『詩曲』も、規模も含めて、形式的にはショーソンのそれと似ています。

 大変、陰のある深刻ともいえる曲ですが、上述のようにとてもロマンテックです。曲の半ばのカデンツァが聴きどころです。前奏の後、すすり泣くようなヴァイオリン・ソロがはじまり、カデンツァでそれは慟哭へと変わります。そして、オーケストラもそれに続き、激しい合奏になり、その後、静かに終曲を迎えます。たった15分程度の短い曲ですし、構成も単純ですが、それだけにロマンテックなメロディーの訴える力の強さを感じます。作曲家としてのスヴェトラーノフを知るのに、最適な作品であると私は思います。

お勧めの演奏

①イーゴリ・オイストラフ(ヴァイオリン)エフゲニー・スヴェトラーノフYevgeny Fyodorovich Svetlanov指揮  ソビエト国立アカデミー交響楽団(ロシア国立交響楽団) 盤 1978 AUDIOPHILE CLASSICS

 スヴェトラーノフ(1928-2002)自身が指揮をして、ソリストダヴィッド・オイストラフの息子、イーゴリ・オイストラフ(1931-)を迎えた、名盤。ダヴィッド・オイストラフはロシアのヴァイオリニストとしては圧倒的な存在感を誇ったヴァイオリニストですが、それに対して、息子を支持するイーゴリ派というファンが存在するほどのヴァイオリニストです。父が演奏しなかったレパートリーのなかにも得意なものがあり、エルガーのヴァイオリン協奏曲など素晴らしいです。また、奏法もまったく異なり、最終的にフランコ・ベルギー派の頂点にまで上り詰めました。そんなイーゴリのヴァイオリンは、その美しい音色と、正確な音程、均整の取れたスタイルで、かつ十分な激しさをもって、カデンツァを歌い上げています。ロマンテックなスヴェトラーノフの指揮と相まって、メリハリの利いた、しかし極めて自然な演奏に仕上がっています。何度も繰り返して聴きたくなるような、そんな演奏のひとつです。

f:id:shashinchan:20200507061233j:plain

スヴェトラーノフ USSRSAO 盤

f:id:shashinchan:20200507061318j:plain

スヴェトラーノフ USSRSAO 盤

まとめ

 ロシアという国は、とてもミステリアスな国でもあります。社会主義を試した実験場的な一面を持つだけでなく、その体制下で様々な文化的な試みがなされました。政治的な上からの弾圧がクローズアップされる一方、非常に優れた教育制度が開発され試されたことも事実です。それは決して、国家を盲目的に信奉するだけの、画一的なロシア人を生産するという目的でなされたものではなく、また結果もしかりでした。とても多くの個性的な音楽家が生まれたこと、それは作曲、演奏、両面でですが、近現代において、その代表格がロシアにも多いということがその表れです。政治的圧力との緊張関係の中から生まれた場合もありますが、そうでないことも多かったのです。

 ロシアの人々の心には、今でも常に、プーシキンチャイコフスキーが大きな位置を占めています。ロシアはまさに、文学と音楽の国なのです。スヴェトラーノフはそんな国の、一人のロシア人であり本物の音楽家でした。もし仮に、体制派であったという一点で、敬遠してらっしゃる方がいるとしたらとてももったいないことです。旧ソ連体制下の音楽にも、あのロシア文学と同じような広がりをもった、素晴らしい世界があるのですから。スヴェトラーノフの『詩曲』を聴いていると、彼自身がどのような思想をもっていたかなどは些細なことで、それよりも何に対しても真摯に、偽りなく、まっすぐに取り組むことの素晴らしさを感じます。音楽に対してはもちろんのことす。スヴェトラーノフの『詩曲』には、シニカルな要素は皆無です。曲自体にも、その演奏にも、真面目で誠実な人柄が、音楽家スヴェトラーノフという人格がにじみでているように感じるのです。