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ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その13

リヒャルト・シュトラウスメタモルフォーゼン

モーツァルト以来の大天才 R・シュトラウス

 リヒャルト・シュトラウスRichard Strauss1864-1949)といえば、後期ロマン派を代表する作曲家の一人です。映画『2001年宇宙の旅』の冒頭で用いられた交響詩ツァラトゥストラはかく語りき』は多くの方がご存知なのではないでしょうか。歌劇をはじめ、歌曲、交響曲交響詩室内楽曲など、ほぼ全ての分野で傑作を残しました。その才能はモーツァルトに匹敵するといっても過言ではありません。モーツァルトと異なるのは、Rシュトラウス85年という、長寿を全うし、生涯にわたり、傑作といわれる作品をつくり続けたところです。そして、指揮者、批評家としても活躍し、グスタフ・マーラーは、Rシュトラウスの存在がなければ自分はここまでの地位を築けなかっただろうと発言しています。多才であったという意味でもルネサンスの偉大な画家たちにも比肩する、きわめて稀な、大天才だったといえます。

 Rシュトラウスモーツァルトベートーヴェンをはじめ、ブラームスワーグナーを経る、ドイツ音楽史の本流ともいえる流れのなかに位置付けられる作曲家であり、また、それらの総決算的な、ある意味、ドイツ音楽の集大成、一つの頂点といえる作曲家だと私は思っています。

 彼の作品は多種多様にとみ、ヴァイオリン・ソナタや歌曲などにはブラームスの、歌劇における代表作『薔薇の騎士』ではモーツァルトの影響が色濃くみられます。もちろん、その壮大な作風はワーグナーの影響が大きいのですが、私はRシュトラウスブラームスの強い影響下にあったのではないかと考えています。それは、とりわけ、彼の室内楽曲や歌曲のもつ、ある種の素朴さにあらわれています。

 

 Rシュトラウスの生きた時代は激動の時代でした。とりわけ、晩年にはナチス支配下のドイツで敗戦を経験します。彼は、ドイツ帝国音楽院総裁の地位にあった人物です。ナチスとの関係を無かったことにすることはできないでしょう。生きていくために必要であったのか、当時の社会的なポジションがそうあることを強制したのか、時代の大きな流れのなかで、彼はナチスに協力し、その下で音楽活動を営みました。当時のドイツ社会の中で、ナチスに抵抗すること、または無関係を保つことは、私たちが今、想像するよりもずっと難しいことでした。

 そんな中で、彼の音楽家としての矜持をよく表しているエピソードがあります。ナチスは徹底的な反国際ユダヤ主義を掲げ、その影響は音楽界にも及びます。ドイツ在住の一部のユダヤ人芸術家が公に保護された例外はありましたが、ユダヤ人音楽家たちの多くは弾圧をうけます。それは、もう過去の人となった音楽家に対しても行われました。ナチスユダヤ人であったメンデルスゾーンの作品の不当な改訂(『真夏の世の夢』を書き直すこと)をRシュトラウスに命じたのです。これをRシュトラウスは断固拒否し、帝国音楽院総裁の地位を退きます。彼にとって譲れない最後のものは何だったのか、それを知らしめる出来事でした。

死を予感していた?『四つの最後の歌』

 Rシュトラウスがいかに驚愕すべき人物であったかということは『最後の四つの詩』を人生の最後に作曲したということからも分かります。1曲目から3曲目はヘッセの、最後の1曲はアイヒェンドルフの詩に曲をつけたものです。最終曲『夕映えの中で』は、「…これは死だろうか」で結ばれます。

 果たしてRシュトラウスは自分の死を予感していたのでしょうか?分かっていたのでしょうか?このような素晴らしい曲を、人生の最後に作曲したというだけでも凄いですが、この結びの言葉には驚嘆するほかありません。

メタモルフォーゼン23の独奏弦楽器のための習作)』

 作曲されたのは1945年、Rシュトラウスの晩年の作品であり、ドイツが第二次世界大戦に敗れた年の作品でもあります。終戦間際に完成しました。この曲はとても興味深い作品です。メタモルフォーゼMetamorphoseというのはドイツ語で「変化・変形・変容」を意味します。その複数形がメタモルフォーゼンMetamorphosenです。

 弦楽器、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが、11パート、23パートに分かれています。つまり、23台の弦楽器が、それぞれ独立した別のパートを演奏します。それぞれが独立した曲になっていて、主題(ベートーヴェンの『英雄』交響曲による主題やワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の主題など)を繰り返すのですが、それを少しずつ変化(「変容」)させていくわけです。それが23パート集まると、全体で一つの曲となります。 全体で複雑なハーモニーをつくったり、ユニゾンのようになったりと、25分程度の曲ですが、ほとんど繰り返しのようであるにもかかわらず、変化に富み、その美しさに圧倒されます。習作という副題がついているように、実験的な作品ですが、R・シュトラウスの特徴的な響きが感じられる、最高傑作の一つなのではないでしょうか。

お勧めの演奏

①クレメン・スクラウスClemens Krauss指揮 バンベルグ交響楽団 盤 1953 preiser records

 Rシュトラウスの信頼の厚かったクレメンス・クラウス(1893-1954)の演奏。クラウスはRシュトラウスの歌劇『カプリッチョ』の台本を担当したこと、また、今や伝統になっているウィーンフィルニューイヤーコンサートを始めたことでも知られています。Rシュトラウスの演奏史でも外すことのできないクラウスですが、流石に王道の、はったりのない、自然な演奏です。他の演奏に比べあっさりしすぎているようにも感じられるかもしれませんが、小細工一切なしの淡々とした演奏は、かえってその曲の偉大さを感じさせるものです。CDでは途中で音量ががくんと落ちてしまいますが、音量をあげれば大丈夫です。

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クラウス バンベルク響 盤

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クラウス バンベルク響 盤


 ②ルドルフ・ケンペRudolf Kempe 指揮 ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団 盤 1968 SONY CLASSICAL

  ドイツを代表する巨匠、ルドルフ・ケンペ1910-1976)とミュンヘンフィルとの演奏。彫りが深く、エネルギッシュな印象の演奏。独特の個性の感じられる演奏ですが、決して不自然な感じはしません。カップリングのシューベルト『ザ・グレート』がまた素晴らしいので、入手して損はないと思います。ケンペは他に、シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏もあります。

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ケンペ ミュンヘンフィル 盤

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ケンペ ミュンヘンフィル 盤


オトマール・スウィトナーOtmar Suitner 指揮 シュターツカペレ・ドレスデン 盤 1966 edel CLASSICS

 日本にもなじみの深いドイツの巨匠、オトマール・スウィトナー(1922-2010)がシュターツカペレ・ドレスデンを振った演奏。深々とした印象の、素晴らしい演奏の一つ。硬派ですが、自然で、渋く、木の香りのする演奏で、さすがクラウスの弟子というところです。スウィトナー東西ドイツの両方に家族(本妻と愛人の家族)を持ち、そのどちらにも睦まじく看取られたというエピソードがありますが、きっとその人物自体もとても魅力的だったのでしょう。

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤

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スウィトナー シュターツカペレ・ドレスデン 盤


 まとめ

 今回はRシュトラウスの『メタモルフォーゼン』をとりあげました。傑作の多い作曲家なので、とても素敵な、大好きな曲が多く、どの曲をとりあげるか迷ったほどです。交響的幻想曲『イタリアから』、ヴァイオリン協奏曲、ホルン協奏曲、歌劇『影無き女』、そして『四つの最後の歌』など、Rシュトラウスは本当に魅力的な素晴らしい曲を、生涯にわたりいろいろな分野で作曲しています。ルネサンスベネチア派の画家ティチアーノに匹敵するのではないかと誰かが言っていましたが、それほどのインパクトのある作曲家です。とりわけモーツァルトを愛したRシュトラウスですが、彼の作品にはモーツァルトベートーヴェンシューベルトシューマンブラームスワーグナーなど、ドイツの本流の作曲家たちのエッセンスがつまっています。それらが、Rシュトラウスの個性によってまとめられ、高められているのです。

 ドイツ文学の世界では、ドイツ文学史において、フォーゲルヴァイデなど中世の時代の文学、ゲーテの時代の文学、そしてトーマス・マンなどの近現代の時代の文学と、3つの頂点があったとされています。それに倣うと、ドイツ音楽における、モーツアルトに次ぐ、二つ目の頂点がRシュトラウスであったと言えるのではないかと私は考えています。変わった人格の持ち主だったようですし、ナチス・ドイツとの関係もいろいろな観点から論じられています。それらを美化する必要はないと私は思います。ただ、その音楽を味わい、公正に判断すると、Rシュトラウスの音楽が間違いなく素晴らしいものであることがわかると思います。『メタモルフォーゼン』は、そんな彼の代表作のひとつなのです。