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ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その16

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調 作品16

北欧音楽の偉大なる父 グリーグ

 エドワルド・グリーグEdvard Grieg(1843-1907)は、北欧、ノルウェーを代表する、国民楽派の作曲家です。ピアノが得意であった彼は、ピアニストとしても活躍しました。彼の母親は、モーツアルトウェーバーショパンを得意としたピアノの名手でもあり、彼女の影響も大きなものがあったと思われます。

 グリーグの生きた時代、ノルウェーは事実上、スウェーデン支配下にあり、ノルウェーが正式に独立するのはグリーグの晩年のことです。そういう意味では、グリーグノルウェーのみならぬ、北欧を代表する作曲家であると言えるでしょう。

 彼の代表作には、生涯にわたって書き続けられた、ピアノの小曲集である『抒情小曲集』(第1集~10集)や、ピアノ協奏曲イ短調、詩人ヘンリク・イプセンの依頼による詩劇『ペール・ギュント』、ノルウェー人でグリーグの同郷の偉大な作家「デンマーク文学の父」と呼ばれたホルベアの生誕200周年の記念祭に寄せた組曲『ホルベアの時代』、3曲のヴァイオリン・ソナタ、『君を愛す』や『春』などの数々の歌曲など、今日でもよく知られた素晴らしい作品が並びます。

 1843年、ノルウェーのベルゲンで生まれたグリーグがピアノの手ほどきを受けたのは5歳のことです。初めは母による指導でした。15歳でライプツィヒ音楽院に進み、卒業後、故郷でピアニストとして本格的にデビューを飾りました。作曲家としては、27歳の時に、イタリアにてリストの賞賛と激励を受けることになります。これは、今回とりあげるピアノ協奏曲イ短調などの作品をリストが高く評価してのことでした。ワーグナーの音楽に触れ、ブラームスと親交を深め、グリーグは音楽界で確実な地位を築いていきます。1885年からは、ベルゲン近郊のトロルハウゲンに終の棲家を構え、自然に囲まれたこの素敵な家で創作活動にはげみました。生涯、作曲と演奏活動をつづけた彼は、活動のさなか、1907年、ベルゲンにて64歳の生涯を終えました。

ピアノ協奏曲イ短調 作品16

 ピアノ協奏曲イ短調は、作品16という、とても若い作品番号がついています。実際、作曲されたのはグリーグ25歳のときです。今、このピアノ協奏曲の演奏を聴くと、若書きの作品としてはとても完成度が高いことに驚くと思います。しかし、これには訳があり、グリーグはこの作品を生涯にわたり、改訂し続けたのです。死の直前まで、400ケ所にもわたる改訂が行われました。

 初稿との違いは明らかです。まず、全体的に、余計なものがそぎ落とされて、洗練されていったことが分かります。一方で、書き加えられたところもあります。すぐにわかる大きな変化では、初稿では第一楽章の第二主題がトランペットで提示されます。そして第二楽章のホルンが初稿とは違います。※1

 もちろん、初稿の時点でも、きわめてすぐれた作品に仕上がっています。色彩豊かで、ロシア国民楽派を思わせます。どちらか言うと、初稿の方が最終稿をアレンジしたもののように聴こえるのは、それほど最終稿が優れているからだと思います。グリーグの他にも、改訂を好んだ作曲家はたくさんいますが、グリーグほど改訂の成功した例はないのではないでしょうか。まさに、このピアノ協奏曲イ短調は、グリーグの生涯をかけた作品であると言えるのではないかと思います。

 第一楽章はティンパニに続いてすぐにピアノ独奏が表れるドラマテックな始まり方をします。曲全体がとても美しい旋律にあふれていますが、第二楽章の主題はとりわけ甘美です。やわらかな弦に、粒立ちの良い、固く、しかし繊細なピアノが美しいです。第三楽章は極めて華麗で、クライマックスとしてとても優れたものです。結びは、初稿と最終稿との違いが大きく、初稿はまるでブルックナーのような響きで終わります。おそらくワーグナーの影響だろうと、作曲時点での影響関係がうかがわれ、とても興味深いです。

お薦めの演奏

エヴァ・クナルダールEva Knardahl(ピアノ)テリエ・ミケルセン指揮 リトアニア国立交響楽団 盤 1993 SIMAX

 ノルウェーの誇る名女流ピアニスト、エヴァ・クナルダール(1927-2006)による演奏。クナルダールはグリーグをたくさん演奏していますが、お国ものでもあり、とても素敵な演奏をします。演奏に当たって必要な緊張感があるというか、人柄の現れるような、北欧ならではの温かみのある演奏ですが、けっしてなよなよとしたものではありません。このSIMAXの音源は、三種類あるうちの3つ目の演奏です。オーケストラは若々しく、聴いていて、とても心地の良い、本場の演奏だと思います。

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クナルダール ミケルセン 盤

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クナルダール ミケルセン 盤

②ヤン・パネンカJan Panenka(ピアノ)ヴァーツラフ・ノイマン指揮 プラハ交響楽団 盤 1957 SUPRAPHON

 パネンカ(1922-99)はチェコを代表するピアニストの一人です。チェコには、マキシアーンなどの次の世代になりますが、パネンカ、パーレニチェク、フィルクスニーという3人の偉大なピアニストがいました。この3人のピアニストの面白いところは、それぞれ、ロシアのニコラ―エフ、フランスのコルトー、ドイツのシュナーベルという、各国を代表するピアノ教師に師事していたところです。この3人の演奏を聴くと、それぞれの長所がよくわかり、興味深いものがあります。

 パネンカはその中でも、とてもユニークな存在です。小学校の教師からピアニストになったという異色の経歴を持ちます。タッチが硬質で粒立ちよく、清潔で、まるで野に咲く白い、あるいは薄ピンクの花を思わせる可憐なピアノです。グリーグにもぴったりのキャラクターです。カーゾンやカッチェンにもひけをとらない、正攻法の素晴らしい名演です。

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パネンカ ノイマン 盤

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パネンカ ノイマン 盤

③ユーリ・ムラヴィヨフYuri Mouravlev(ピアノ)カール・エリアスブルク指揮 ロシア国立交響楽団 盤 1950 RCD

 グリーグはロシアにて、非常に人気がありました。チャイコフスキーも賞賛していますし、またピアニスト、アントン・ルビンシュテインはこのピアノ協奏曲を高く評価していました。ムラヴィヨフ(1927-?)は、ロシア・ピアニズムを代表するピアニストの一人です。ゲンリヒ・ネイガウスの弟子であり、レパートリーはベートーヴェンモーツアルトの古典から、シューマン、リスト、ショパングリーグといったロマン派、あるいは同時代の作品にまで及びました。しかし、ロシアで「ピアノの詩人」の異名をもつ彼の本領があらわれるのは、やはりグリーグなどのロマン派の作品においてでしょう。このグリーグのピアノ協奏曲も、出色の演奏です。少しほの暗く、張り詰めたところがあります。また、ムラヴィヨフに関しては、グリーグの『ホルベアの時代』についても特記しておきたいと思います。原典であるピアノ版の組曲ですが、とても素晴らしいので、是非、一度聴いてみていただきたいです。

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ムラヴィヨフ エリアスブルク 盤

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ムラヴィヨフ エリアスブルク 盤

④ロべ・デルビンエルLove Derwinger(ピアノ)広上淳一指揮 ノールショピン交響楽団 盤 1993 BIS

 グリーグのピアノ協奏曲イ短調の初稿(1868/72)の演奏です。最終稿との比較がとても面白かったです。ただ、欲を言えば、この同じ顔触れでの最終稿の演奏もレコーディングしておいてほしかったです。

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デルビンエル 広上 盤

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デルビンエル 広上 盤

まとめ

 グリーグは、ちいさなカエルの小物や、ぬいぐるみなど、ちいさくて可愛いものを好んだといいます。今回とりあげたピアノ協奏曲はとても規模の大きな大作ですが、グリーグは小さな曲の中に、独自の世界を表すのが得意な作曲家でした。『抒情小曲集』や歌曲の数々はその最たるものです。そして、グリーグは、北欧の、彼に続く作曲家へ、とても大きな影響を及ぼした作曲家でもありました。以前、当ブログでとりあげたベリエルのミニチュアリスト的な性格も、グリーグの存在なしにはあり得なかったことでしょう。

 ちいさなものへの愛。それは、ささやかなもの、ちいさな部分を大切にする姿勢にもつながり得ます。今やクラシック音楽を代表する曲の一つである偉大なピアノ協奏曲イ短調は、グリーグの繊細な感性で、細部までリファインされた、たぐいまれなる名曲です。祖国のフィヨルドや、野に咲く小さな花々が、グリーグの人生とともにこの曲を育てました。大自然への畏怖と、春のめぐみへの憧憬と、そしてちいさきものへの愛、それらが入り混じったような感情が、この曲を聴くと湧き上がってくるのです。

 

※1訂正とお詫び

本文、ピアノ協奏曲イ短調作品16の解説の部分で、初稿に無いと書きました、第三楽章第436小節目のピアノの駆け上がりですが、実際には、有りました。この個所について削除いたします。不注意で事実と異なる記述をしましたこと、ここにお詫び申し上げます。2020.6.27