音楽のように

ヒストリカルクラシックのブログ

クラシック音楽と私 その1

チェロと私

 私がクラシック音楽を意識的に聴くようになったのは、中学生くらいの頃からです。声楽を志していたことのある母や、フォークソングが好きで、よくギターの弾き語りをしていた父、私と同じように音楽が好きな弟、そんな家族に囲まれて、自然と音楽が好きになりました。バッハ、ベートーヴェンショパンなど、自然と耳になじんでいました。

 こどものころに実際に楽器に触れた機会はそれほど多くはありませんでした。小学生の頃に、2年間だけ、ブラスバンドに所属してチューバをふかせていただきました。周りは女子ばかりで、この時に、少々、女子が苦手になりました。けれど、この時の体験は、今、考えると貴重です。その後は、高校で芸術科目の音楽を選択してギターに触れた程度でした。その他は、中学、高校時代を通して陸上部に所属していたので、本格的に音楽を勉強したことはありませんでした。

 中学、高校時代という、人生で一回きりの大切な時期には、もちろん、いろいろなことがあり、そんな多感な青春時代に、私を虜にした楽器がありました。それが、チェロです。

 チェロを手にして、実際に弾いていたわけではありません。ただ、ステレオで聴いて、憧れていました。優しく、柔らかく、時に甘く、時に深い、その音色。そして人の声のような温かみ。もともと低音楽器が好きだった私は、サン・サーンスの『白鳥』や、ブラームス弦楽六重奏曲にはまってしまったのです。

 どういう経緯でチェロを好きなったのでしょうか。一つには、偶然、耳にしたパブロ・カザルスの『鳥の歌』の存在があります。言わずと知れたスペインのチェロの巨匠が、カタルーニャ民謡を編曲した、素敵な曲です。中学生ということもあり、私は、平和や正義といったものに、強い憧れをいだいていました。当時、私が好んだ本も、ロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』や、ドストエフスキーの『白痴』といったものでした。性格はとてもかたく、融通がきかなかったので、当時の友達は、私に相当、手を焼いたようです。優しい友達に感謝しなくてはなりませんが、当時の彼らが、今の私を見たら、なんて軟派になったのだろうと驚くかもしれません。

 年をとるにつれて、あまり大げさでない演奏を好むようになりました。ですが、基本的な好みは、当時と変わらないところがあり、むしろ、チェロという楽器が、今の私の作曲家の好みを決定づけているのではないだろうかと思っています。

 私にとって、ブラームスショパンは特別な存在です。 

 この二人の作曲家は、チェロの扱いがとても上手な作曲家だと思います。ブラームスはチェロ協奏曲をこそかきませんでしたが、ドボルザークの有名なチェロ協奏曲はブラームスの二重協奏曲なしには存在しえなかったでしょう。また、ピアノ協奏曲第2番の緩徐楽章のチェロのメロディーは、いかなるチェロ協奏曲のものにも劣らぬ美しさをたたえています。

 ショパンが生涯に作曲したのは、そのほとんどがピアノ曲ですが、チェロを気に入っていた彼は、チェロの曲は少しばかり作曲しています。その中でも、チェロ・ソナタは忘れられない曲です。私がもし、チェロを弾けたとしたら、もしくは手にすることができて、最終目標にするとしたら、このショパンのチェロ・ソナタを選ぶでしょう。

 

 いずれ、私が愛してやまない、12人のチェリストについて、記事にしたいと思います。最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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