音楽のように

ヒストリカルクラシックのブログ

私の好きなクラシック音楽 その17

サミュエル・バーバー

チェロ・ソナタ 作品6 と 歌曲「この輝ける夜に」Sure on This Shining Night

アメリカの良心 サミュエル・バーバー

 サミュエル・バーバーSamuel Barber 1910-81)は、アメリカ合衆国を代表する作曲家の一人です。アメリカの作曲家のなかで、私が最も好きな作曲家で、アメリカの素晴らしいところが詰まった、アメリカの良心ともいえる人物だと考えています。

 彼の作品の中でもっとも聴かれ、誰しも一度は耳にしたことがあるであろう音楽としては「弦楽のためのアダージョ」があります。これは弦楽四重奏曲の緩徐楽章を弦楽合奏にアレンジしたものですが、もの悲しく美しいその音楽は、たびたび映画に用いられ、またアメリカでは葬儀の際にもよく使われるとききます。

 バーバーの生きた時代は、まさに苦難の時代でした。第一次世界大戦や、大恐慌第二次世界大戦と、アメリカは世界規模の難題に見舞われ、彼はロストジェネレーション、もしくはその次代の世代に当たります。当時、アメリカ・クラシック音楽界は、少々、浮ついた、お祭り騒ぎのような様相を呈していました。クラシック音楽が大衆文化と接近し、消費社会へと回収されていくのを肌で感じ取ったバーバーは、表立って批判はしなかったものの、危機感をいだいていました。時代の流れに真面目に対峙して、地に足の着いた姿勢を保っていたのが、アメリカの良心、バーバーだったのです。

 20世紀のはじめと言えば、もう現代音楽が台頭してきていましたが、バーバーはどちらか言うと、調性をたもった、保守的な、ロマンテックな音楽を多く作曲しています。

 カーティス音楽院では、ピアノと声楽を学びます。優秀な成績を修め、イタリア留学も果たしました。ピアノの腕は一流、バリトン歌手としても優れ、素晴らしい歌唱を一部、録音で聴くことができます。

 ピアノソナタや、私の大好きな「遠足」のようなピアノ曲、「ノックスヴィル-1915年夏」のような声楽曲以外にも、交響曲管弦楽曲室内楽曲、ピアノ協奏曲、ヴァイオン協奏曲、チェロ協奏曲、合唱曲さらにはオペラまで、ほぼすべての分野で、多くの傑作を残しました。

 今回は、私がとりわけ気に入っているチェロ・ソナタ作品6と、声楽曲の一つ「この輝ける夜に」をご紹介したいと思います。

チェロ・ソナタ 作品6

 学生時代に作曲されたこの美しいチェロ・ソナタは、初期作品のなかにバーバーの良さが凝集されたように思われる、見事な作品です。

 第一楽章は、やや複雑な調性で始まります。少し難しい曲なのだろうかと思うと、とても美しいチェロの主題が表れ、その落差にまず心を奪われ、その後もドラマテックに曲が進んでいくのです。第二楽章は、4分にも満たない短い楽章です。はじめからこの上なくやさしいメロディーで導入されますが、中間部は跳ねるようなリズミカルな展開となります。やさしいメロディーが戻ってきて静かに楽章を終えます。第三楽章はまた極上です。この曲はチェロソナタの傑作の例にもれず、ピアノとチェロの掛け合いが素晴らしいのですが、この第三楽章は格別です。情熱的で、素晴らしい、立派な終楽章です。

 チェロ・ソナタは、調性などの面で、ほんの少しだけ伝統的な音楽を離れている部分がありつつも、ロマンテックで、抒情にあふれ、なにより美しいというバーバーのエッセンスの詰まった、バーバーを堪能できる、お薦めの作品なのです。

Sure on This Shining Night「この輝ける夜に」作品13-3

 アメリカの作家、脚本家、詩人、ジャーナリスト、批評家だったジェームズ・エイジーJames Rufus Agee1909-1955)の処女詩集Permit Me Voyage(『我に航海を許したまえ』)のなかの、 Sure on This Shining Night(「この輝ける夜に」)という詩をバーバーが歌曲にしたものです。透明な夜空のイメージ、そして「浄化」という言葉が浮かんできます。やさしく、この上なく美しい歌曲だと思います。就寝前には詩集を手にし、文学作品から着想を得ることも多かったバーバー、その造詣の深さがうかがえます。以下、歌詞と、私の拙訳、大意を、参考までに記載しておきます。

 

歌詞(原文)

Sure on this shining night
Of starmade shadow round

Kindness must watch for me
This side the ground.

The late year lies down the north.
All is healed
all is health.
High summer holds the earth.
Hearts all whole.

Sure on this shining night
I weep for wonder
Wandring far alone
Of shadows on the stars.

 

歌詞(和訳)

星影が一斉に降りる

この輝ける夜にきっと、

優しさが私を待っている

この星のこちら側で

 

過ぎ去りし日々は、北へと影をのばし

すべてが癒され、満たされる

盛夏がこの地を抱擁する

心もすべて

 

この輝ける夜にきっと

私は奇跡を前に泣くだろう

独り遠く彷徨いながら

星々の落とす影の下で

 

大意

星影は、つまり光であり、

光が全てを満たしてゆく。

やさしさが全てを癒し、

心もつつみこんでゆく。

この奇跡の光景を目の前にして、

私は心を震わせるのだ。

 

 

お薦めの演奏

チェロ・ソナタ 作品6

①レナード・ローズLeonard Rose (チェロ) ミッチェル・アンドリューMitchell Andrews(ピアノ)盤 1953 VAI AUDIO

 私にとって、アメリカのチェリストと言えば、まず、レナード・ローズ(1918-84)です。極めて硬派ですが、とても優しい音色とニュアンスをもっています。それでいて芯のしっかりした、極上のチェロです。バーバーのチェロ・ソナタの演奏は、等身大のアメリカとでも言えばいいのでしょうか、作曲家バーバーと時代を共有した、そのリアリティーが感じられるのです。次にあげるピアテゴルスキーは、技術においても表現においても、また気持ちにおいても最高の演奏ですが、ローズの演奏は、どうしても忘れられない、第一番目のお薦めとして挙げざるをえない演奏だと思われるのです。ローズがアメリカの演奏家としては破格の扱いをヨーロッパで受けたのも頷ける気がします。本当に、是非、一度、耳にしていただきたいです。私の愛聴盤の一つです。入手困難なCDで、かつ、モノラルの録音状態も良いとは言えません。けれども、そんな録音にもかかわらず、演奏の素晴らしさが十分に伝わってくる、珠玉の名盤です。

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ローズ ミッチェル盤

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ローズ ミッチェル盤

②グラゴール・ピアティゴルスキーGregor Piatigorsky(チェロ)ラルフ・バーコヴィッツRalph Berkowitz(ピアノ)盤 1956 RCA

 流石はピアティゴルスキー(1903-76)、極めて優れた演奏です。スケールはローズのものよりも一回り大きいです。おそらく、どなたが聴いても納得の、まさしく王道の演奏でしょう。伴奏のピアニスト、ラルフ・バーコヴィッツ1910-2011)は、作曲者バーバーの危機に際し、援助をした、作曲者ゆかりの名ピアニストです。つまり、ただ世界レベルで模範的であると表現するのは適切ではない、作曲者への理解は十分な演奏だと言えるのではないでしょうか。ローズとあわせて聴いていただきたい名演奏です。

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ピアティゴルスキー ラルフ盤

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ピアティゴルスキー ラルフ盤

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ピアティゴルスキーBOX

「この輝ける夜に」

シェリル・スチューダーCheryl Studer(ソプラノ)ジョン・ブラウニングJohn Browning(ピアノ)盤 1992 Deutsch Grammophon

 アメリカを代表する二人による演奏。スチューダー(1955-)の美しく透明な歌声が、ブラウニング(1933-2003)の涼やかなピアノに乗って、響きわたります。とても静かな、この世ともあの世ともわからなくなるような、澄み渡った世界に、つい聴き惚れてしまう、そんな演奏です。

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スチューダー ブラウニング盤

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スチューダー ブラウニング盤

まとめ

 バーバーの曲には、とても美しく、一度聴くと、なかなか忘れれないものが多くあります。例えば、ピアノ協奏曲の第二楽章(ブラウニングのピアノとセルの指揮で素晴らしい演奏があります)や、ヴァイオリン協奏曲の第二楽章(アーロン・ロザンドのヴァイオリンで録音が実現していれば!)など。チェロ協奏曲も美しいです(ネルソヴァの素敵な演奏があります)これらの曲は、どちらか言うと、もの悲しく美しい、弦楽のためのアダージョのイメージと、そうかけ離れたものではないでしょう。

 一方、バーバーはとても楽しい曲を作曲しています。それは、私が大好きな「遠足」というピアノ曲です。たくさんの名演のある優れた曲ですが、私がとりわけ好きなのは、ピアニストとして別格の存在感をほこるフィルクスニーの演奏と、アメリカのピアニスト、ジョン・ブラウニングの、等身大ともいえる演奏です。勝手な想像かもしれませんが、特に、ブラウニングの演奏では、まるで小学校のこどもたちが、遠足で、ちょこちょこと列をなして歩いているような、そんな映像が目に浮かぶのです。

 けれども、「遠足」の緩徐楽章では、やはり、もの悲しいような雰囲気が感じられます。バーバーの曲に共通しているのは、根本的に、真面目な優しい眼差しなのでしょう。時代に流されることなく、しかし深い共感をもって、苦難の時代を眼差した作曲家、それがバーバーなのです。